ジョセフ・ヒース『啓蒙思想2.0』
追記: 2017年に読んだ記憶に基づいてて 言ってないことについてコメントしてたかもしれないので消したところがある
第3章
(伝統についてのところ)気づかないからといって理由が無いことにはならないなら、動物は理由に気づかないから推論できない(ジョセフ・ヒース『ルールに従う』)というのはおかしいのでは "free-floating rationale" (Dennett)を『啓蒙思想2.0』では受け入れておいて、『ルールに従う』では受け入れていない。
IQテストがシステム1の性能しか測ってないみたいに非難していたけど、レーヴン漸進的マトリックスとか集中力使うしシステム2の性能も測ってそうな 詳しいことはスタノヴィッチを読むべきだけど
そしてこのような論者は「ヒトに生物的な部分はあっても中心はその上にある.進化心理学の主張は認めるが意義は小さい」と主張する.一つの例はスタノヴィッチで「(生物的な)TASSの上に分析的システムがあり,行動を考えるにはこちらが重要だ.進化心理学はTASSを扱っているだけでそれは道具的合理性に過ぎない,真に重要なのは認識的合理性だ」と主張する.このような考え方はカントの定言命法と相性がいい.カウフマンは「これは進化心理学からの防波堤であり,EOウィルソンのいうコンシリエンスはあり得ない」と言っている.
これに対して進化心理学はいかに対抗すべきか.
<!---- 以下は嘘っぽい
この最近の知能低下について、もっとも有名な論文を書いたのがMichael Woodleyというイギリスの学者なのですが、彼によると、その速度は急速で、すでにヴィクトリア朝から、イギリス人の知能は1sd近く低下していると主張しています。ほとんどの学者はこの推計に(おそらく直感的に)同意していないようですが、Woodley et al.の論文では、もっとも基本的な指標である「刺激への反応速度」を使っているので、かなりロバストだと考えられるのが論争点です。
IQの標準偏差は15前後で定義されている。つまり今から見ればヴィクトリア朝のイギリス人の平均はIQが115くらいだし、ヴィクトリア朝の平均で見れば今のイギリス人の平均は85くらい。
50~70が軽度知的障害。つまり平均より2標準偏差離れていれば知的障害。
現在のIQが平均85 (当時から見て85)、標準偏差15の正規分布に従うとすると、現在のイギリス人の15.87%が、当時のIQを基準としたときに知的障害(軽度を含む)となる。
(ただしIQのみを基準とした場合。また、標準偏差は同じとする。)
32/2 = 16
で、約16%が1標準偏差以上
ある人口をその人口の基準で考えたときの知的障害の人(70以下の知能指数)は、正規分布でいくと2.28%である。
100-95 = 5
5/2 = 2.5 でいって約2.5%
また、現在の人口の15.87%が、当時の平均を上回る。
こんな細かい数字にこのレベルでは意味がないので、16%としておいたほうがいいが。
つまり、現在のイギリス人では、当時の平均を上回る知能ひとりにつき、当時の基準での知的障害の人がひとりいるという計算だ。
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ヴィクトリア朝当時の反応速度の統計(フランシス・ゴルトンの統計など)は、科学博物館や大学の学生から取られたもの。現在のは、一般の人口からサンプルされたもの。だから、知能が下がって見えるだけらしい。
しかも、遺伝子が100年でそんなに速く変わるわけはないそうだ。
recent evolutionというのはあるが、100年に15ポイントは速すぎ
知能低下してるかについて
Moreover, Silverman was also able to comprehensively rule out lack of socioeconomic diversity, as Galton's samples were diverse enough to be stratified into seven male and six female occupational groups (Johnson et al., 1985)
As noted earlier, Galton’s sample was diverse in terms of socioeconomic status. Johnson et al. (1985), divided the men tested into seven occupational groups and the women tested into six occupational groups. Then they subdivided each of these groups into two age levels, 14–26 and 26+. For men the RTs for each of these occupational and age groups ranged from 173 to 195 ms, and for women they ranged from 164 to 213 ms. Because the longest RT for women was based on only three participants, it cannot be regarded as representative, but because the next lon- gest RT, 207 ms, was based on 41 participants, it is probably representative. Inspection of Table 2 shows that there is only one comparison study (Taimela et al., 1991) in which the mean RT for men fell within the range of the RTs obtained by the men in Galton’s study and no comparison study in which the mean RT for women fell within the range of RTs obtained by the women in Galton’s study. Thus, the differences in results obtained by Galton and those obtained in the comparison studies cannot be readily explained by differences in the socioeconomic backgrounds of the participants.
ところで、ヒースやアンディ・クラークは言語が認知に積極的に役立つ例を挙げているが、人間が言語機能を進化させたことの、認知に対する否定的な役割の例もあるらしい。
また、1982年にはアカゲザル、アヌビスヒヒ、ヒトの幼児を対象とした実験を行い、刺激等価性がヒトに固有であり、言語的能力との深い関係が示唆されることを指摘し、初めて刺激等価性の概念の整理と研究の定式化を行った。
刺激等価性は言語の獲得にはいいが、他の認知には悪いのでは (だから他の動物にはなく人間にだけある) という話があるらしい。
もしかしたら類感呪術的思考は人間特有だったり…?
遠くの物や抽象的なものについて考える時に現れる認知バイアス
その後、動物行動学者はヒト以外の動物がコンコルドの誤りを犯すか証拠を探し始めた。ドーキンスとジェーン・ブロックマン(Dawkins & Brockman 1980)はアナバチの一種もコンコルドの誤りを犯すことを発見したと述べ、アナバチが限定された情報しか持たないと仮定した場合にはコンコルド効果に基づいた行動でも進化的に安定な戦略に達するケースがあると主張した。その場合には、コンコルド効果は誤りではなく十分機能する生存戦略だということになる。進化的な議論に関しては長谷川眞理子 『科学の目 科学のこころ』 (岩波書店)などに詳しい。
しかしアークスとエイトン(Arkes & Ayton 1999)によれば、動物の間に見られるコンコルド効果の証拠はいずれも他の解釈を持ち込むことができる。また子供も同じような状況に置かれた場合には大人よりも埋没費用にとらわれないようである。二人はこの効果が人間の大人に特有で、財貨を浪費していると見なされたくない願望が原因であると主張した。
もし進化的に安定な戦略なら、認知的不協和でコンコルド効果/サンクコストバイアスを説明する必要はない?
認知的不協和は人間特有?
超自我
一貫性の原理
ルードヴィッヒ・フォン・ミーゼスが、『自由への決断』で、ケインズが言ってるのって労働者を貨幣錯覚で騙して賃下げを受け入れさせることでしょって非難してたけど、ヒースの、「賃金交渉自体はインフレ率を考慮して行われているんだから、あくまで脳のバカな部分を騙しているだけで、本当に (システム2まで) 騙しているわけではない」っていう回答面白い。 賃金交渉自体はインフレ率を考慮して行われてるのになんで名目賃金の下方硬直性があるのかっていう謎にも回答を与えてる
パターナリズム主体とパターナリズムされる人が同一であるということは、前者の判断能力が後者を超えることはない以上ありえない気がした (なので民主主義におけるパターナリズムは多数派が賢くて頭が悪い少数派をパターナリズムするという場合しか機能しえない気がした) けど、脳の賢い部分とバカな部分に分けると、ソーダの大きさの規制に消費者自身が賛成するということも可能なのかもしれない。これは時間選好とセルフコミットメントの例では明白にできるけど、それ以外の例でもできるのかも
論理的推論
「論理的思考」の原語は"reasoning"か
論理的推論の能力はは公共的な役割を持つからバイアスに性差が少ないってどういうことだ…
それをいうなら共感性とかだって公共的な役割あるけど性差あるんじゃ?
田中は、ヒトの脳の中でも基本的生命活動に関わる、進化的に古い部分と、学習や適応行動に関わる進化的に新しい部分とを区別する。古い脳が司る本能・情動行動における性差には生理的・内分泌学的な要因の寄与が大きいが、新しい脳が司る認知や言語機能における性差には経験や社会環境の違いによる影響が大きく、従って後者は
前者に比べ経験による可塑性が高い︵田中 二〇〇四、第二章~第三章︶
論理的推論は70%弱 遺伝か
リーズニング、そういえばASD者と定形発達だとどうなるのだろう (それで違いが出る場合にも性差は無いということもあるのかな(ASDには男性が多いのでそういうことはなさそう))
なんか違いがあるという話があったような【要出典】
スタノヴィッチはIQではかれないものをはかるために合理性指標を開発したが、IQテストと0.70の相関があるとのこと
システム2の生得性:
Friedman et al (2008)[7] は、双生児の縦断研究により、common-EF〔common executive function〕はその99%が遺伝によって担われていること(一卵性双生児でほぼ同じ)に加え、実行機能はある程度の発達的安定性があること(6年後の調査でも高い安定性が見られた)を示した。しかし、児童の実行機能を向上させようとする介入研究では、トレーニングによる実行機能の改善が報告されており[21]、研究間で必ずしも合致していない。これらの不一致は、Friedmanらの研究が対象としていた年齢が比較的高い(17歳から23歳間の縦断研究)一方、実行機能の介入研究では12歳以下の児童が対象になる事が多いという、年齢ならびに追跡期間の差異や、分析対象となる変数の違い(潜在変数か課題成績そのものか)等が原因と考えられる。しかしながら、幼児・児童期の自己制御能力や注意能力の差は、思春期においても保たれているという知見もあり[22][23]、実行機能にどの程度の柔軟性があり、トレーニングによって変化しうるのかは、今後の研究が待たれる。
実行機能が遺伝性あるってことは、子供のときにピアノ習わせる効果って交絡する可能性
もともと実効機能高い親が子供にピアノを習わせようとする、実効機能が低い子供が途中でピアノやめていく
左翼の非認知主義として、そもそも論理実証主義がある 戦後から非認知主義になったわけでもなかろうし
投票を義務付けても、合理的無知の問題は残るし、悪化するのでは
C.S.パースが、フランス革命でのジャコバン派のセンチメンタル政治が恐怖政治を招いたので19世紀ではセンチメンタリズムは嫌われるようになったって言ってたよ Peirce 1893 "Evolutionary Love"
(
ただ、引用のように、トマス・ソーウェルは20世紀前半になると進歩主義者が論敵を「センチメンタル」と呼んでいた、と書いていた。進歩主義者一般に見られた傾向なのかは、よく分からないけれど。Peirce 1893 "Evolutionary Love" は19世紀。)
〔合理的無知・合理的不合理に関して〕完全に賛成だ。実際、『資本主義・社会主義・民主主義』でヨーゼフ・シュンペーターが初めてこの主張をした節には驚喜した。(そして、多くの「熟議民主主義者」が、この主張が彼らの観点にとっていかに強力な反論であるか理解できないことに腹を立てている。)
…
だから近代的民主政治のシステムは、一方で政治判断を民衆がコントロールしたいという欲求と、もう一方で合理的で一貫した政策の必要という、微妙な妥協の上に成り立っていることを認識しておくことは重要だ。民主主義は民主的でなくてはならないが、責任をしっかり果たす国を生み出すことが求められるという意味で、きちんと機能することも必要だ。そのために、たとえ民主主義の公的領域がすっかり堕落してしまっても役目を果たせるような多様な制度的特徴を備えている。これはおおむね、選出された代表者から専門家へ権限と支配力を移すことで実行される。こうするのが難しいアメリカでさえ、あらゆるところに例が見いだせる。最も明らかなのが、他のほとんどの民主主義体制では立法府に任される決定に、連邦最高裁判所が果たしてきた多大な役割だ。だが、政府機関が独立性を高めていることや、公的意思決定における費用便益分析の利用が増加していることなど、ほかの分野にも見られる(原書 p.338, 邦訳p.389)。
強制の代わりに非合理性を利用する点では宝くじとナッジ・パターナリズム (デフォルトで臓器提供のような) は似ている
リバタリアンパターナリズムの国では税の代わりに政府が宝くじやギャンブルなどで認知バイアスを利用して国民から資金を調達する
ガチャ
死刑はなく、認知の歪みを利用して「もう何もかもダメだ」と短絡的に思考させ自殺に追い込む
アメリカ連邦政府のことをワシントンというのはそんなに悪い言い方じゃないような気がするけど…政府と国民、領域を区別できる言い方のほうが望ましいのでは。
"選出された代表者から専門家へ権限と支配力を移す"されたならなおさらのこと。
昔の読書メモ
Mark Hauser and Elizabeth Spelke "Evolutonary and Devolopmental Foundation of Human Knowledge: A Case for Study of Mathematics"
Heath and Anderson "Procrastination and Extended Will"
ダン・スペルベル「表象は感染する」
アンディ・クラーク「拡張された心」
人間および他の霊長類は生まれつき、数を推量するための2つのモジュールを持つ。1つは小さな数に、もう1つは大きな数に
サルには1、2、3と教えていっても一般化することができません。順番に教えていくと、一番大きい数をそれより大きい全ての数に使ってしまって、どんなnまで教えてもそのようになる
言語→再帰的な言語→数の再帰
再帰的な数え上げ
進化的には言語のために再帰能力が得たとしても、発生的には一般的な再帰能力があってそれが言語の理解にも数学の理解にも利用されるという可能性?
しゃっくり おたまじゃくしのエラ呼吸を抑制するときにもしゃっくりを止めるコツに似たことが行われる
ミーム公害、ミーム規制
"あらゆる演出された競争は――民主主義もスポーツと同様に、入念に組織化された競争である――明示的なルールだけでなく、勝つためにどこまでやっていいのかの制約を課す暗黙の「掟」にも支配されている。おそらく究極の競争と言っていい、戦争でさえもルールに支配されている。"
しっぺ返しとかからルールが自発的にできるのかな、戦争
cf. WWIでの毒ガス
アリ: 1億4百年前から現在の形態
現生人類: 25万年前から
言語
認知科学者の例:Allan Paivio, "Mental Representations: A Dual Coding Approach"
ハッキングは現代の知識は言語的なものになった、そして知識は哲学の問題になるから言語は哲学の問題になったという。ヒースがここで主張したいのは他の動物と違って人間にあるもの (科学、技術) のもとをたどれば言語ということ。
このrefが好意的なものだとすると、現代の人間は他の動物と違うが、昔の人間はそこまで動物と変わらないみたいな主張をする必要があるのではないか。
ハッキングも、証明を受け入れるのは人間の証で、証明には言語が重要みたいな話 (ウィトゲンシュタインの関連で)はしているが(つまり近代だけでなく古代ギリシャ人の知識においても言語は重要だったかもしれない)。
"Sex indifference hypothesis" リーズニングが男女で違うという説への反証
"Language and Number: a Bilingual training study"
Hauser, Chomsky , and Fitch "Faculty of Language" 言語の再帰性
議論分析って何
ユーザーフレンドリーな政治、フールプルーフ