雪だるま運用論
誰かが抜粋してくれる。きっと!
理由は、三時間後に再開の間に各自書くことも練れてるだろうし、「よっしゃあやるか! おりゃあああ」ってなって速攻またタイムアウトになるとしても、それはそれで議論が熟す可能性もあるしやる気ない人は飽きてやめる。結果、三時間ごとにいかに長文で自分の意見を熱く述べられるかという根競べになるから。イタロー.icon
他のチャンネルに書きこめなくても、そもそもその話題に力をいれてたんだからそんなものできなくてもおkかと。 イタロー.icon
手動対応論
手動論ってタイムアウトを手動でやるっていうことですか?イタロー.icon
多分そんな感じだと思いますくま子.icon
じゃあ↑の自分の意見はこっちですなイタロー.icon
雪だるまなくしていい論
雪だるまによって、ユーザーの相互交渉の機会が失われている説があるのではないか
代替として選択肢のモデルケースを提示してみる
「一日黙る手があります」「不毛でうんざりしたらスレッド薦めてみるといいよ」とか
非人間的装置にワンタッチ終了させるのでなく、コミュニケーションの累積によるメソッド集を提示する
試験的に実装されたものなら試験的に除外してもいい段階にアープラは来ているのでは?
現状治安は安定しているように見える(雪だるまの使用頻度が少ない)からこそ個別対応余裕~!な内に、観測してみないと解らないデータの収集をするのは有意義そう
イタロー.icon自分もこれがいい気がしている。タイムアウトも、スレッドも、ケースバイケースなところがある。雪だるまに附随させて一律に対応すると、そのときどきの対応にムラが生じるおそれ。システム化は労力を減らす工夫なのに、それによってかえって手間をかけなくてはならないなら、いっそ能動的に行動してモデレーターのノウハウを積みあげていったほうがよいとおもう。
スレッド論
一定の雪だるまがついたらスレッドへ
ramen.iconそもそもの話なのですが、仮に議論の当事者同士が議論の続行を希望しているとして、それにもかかわらず(雪だるま等で一時的にでも)議論を止める必要があるのはなぜなのでしたっけ?(このページに書くのが適してなければ消してくださって構いません) くま子.icon多分だけれど、白熱した議論を止めたい第三者がいるからで、本当にそれだけだと思います。
ramen.iconそういう人がいるとして、その人はなぜ議論を止めたいのでしょう?
イタロー.icon議論になってない言い合いとみなしていたり、熱くなりすぎているとみなした議論をみるのがイヤということではないでしょうか(ただの予想)。でも雪だるま使ったことないからわからない面もある(いやあったかも)。
ramen.iconなるほど。これはつまり、議論の(当事者ではなく)傍観者の方がその議論を見てて不愉快な思いをするから止めたいという感じですかね。これに対してもし対策をとるのであれば、スレッドというのは有効なやり方だという気がしますね。
くま子.iconスレッド内で問題が起きた場合を想定して誰かが入らなければならないからスレッド化も面倒だという話もあるから難しいところですね。
ramen.iconスレッド内で問題が起きるとしたら、多分それは当事者同士での問題ですよね。上のはあくまで、当事者ではない傍観者が不快に感じるかもしれないという点に対する対策です。すみません。
ramen.iconあと上の「スレッド内で問題が起きた場合」(自分はどういう問題があるのかあまりイメージできてない)なのですが、もし問題が起きたらスレッドの参加者(つまり議論の当事者)に(苦情)報告してもらう、というのでは不十分でしょうか?
なるほど
くま子.icon自分も似たような感覚があるんですが、自分の場合は白熱した議論によって揉め事に発展しそうな雰囲気を感じたら正直止まってほしいかなと思うときはある。自分が愛着を感じているサーバーで揉め事が起きるのが嫌な気持ちはよく分かります。ただその雰囲気の察知に関しては割と鈍感な方なのかもしれないとも思う。
ramen.icon揉め事というのは、例えば、議論の当事者が「〇〇さんとの不快になったからサーバー抜けます」とかそういうことですかね?
くま子.iconそんな感じです。議論の結果〇〇さんをブロックとかいう事態になるのも個人的には面倒だったりします。できればそういうことになってほしくないという人は意外といるかもしれないです。 ramen.icon自分の記憶だと確かこのサーバーでは「ブロック」は自衛のために推奨(?)されていたような気がするので、ブロックまで予防するのはちょっと難しいような気もしないでもないです。それはともかく、もし議論の当事者が「この後どれだけ議論がヒートアップしても、サーバー抜けるとかはしません」という人同士であれば、第三者が介入して議論を止める必要はなくなりますかね?
ブロックは別に好き放題して大丈夫なんですけど、一部のアクティブな人間同士がブロックし合ってギスギスし続けているのも面倒だなーって感じです。それでそんな風にならないために先手を打っておく(雪だるま投下)っていうユーザーは少なからずいそうな感じはします(自分はそこまででもないですけれど)。議論は特別止める必要はないと思います。止めたい人が止めたらいいんじゃないかなぁ。
ramen.iconなるほど。こっちは議論の当事者同士の不和なりを予防するために第三者が雪だるまを投げるというケースですね。
cman.icon前提として、クールダウンは第三者の手によって行われる。雪だるまは第三者にしか投げれない。(実際はそんなことはないが、双方がヒートアップしているのならばそうなる)
ヒートアップしているかどうかという基準は明確ではない。雪だるまを投げた本人による基準でしかない
「雪だるまを投げる基準」を設けられない以上、運用上は「個人の主観による介入」を続けることになると思われる。
そうなると、ヒートアップしているかどうかに関わらず、「それっぽい」と思われたら雪だるまは投げられる。
そしてその運用は今のところ許容されている。
cman.icon「当事者同士が議論の続行を希望しているなら、雪だるまが投げられても議論を続けて良い」というルールを敷くと、どうなるか?
①ヒートアップしているように見えたが、実は冷静な場合
これについては、本当は問題にならない。各人が冷静であるという合意が取れ、“本当に冷静なら”そのまま議論を続けても有意義になるだろう。
②完全にヒートアップして取り繕う事もできない場合
雪だるまを無視してお互いが議論を続けることになるだろう。
これは「冷静です」「合意をします」という確認を挟まない、ということだ。
特殊絵文字運用に従い、おそらく二人は孤島送りになる。
しかし孤島送りは最終手段的なアトモスフィアを感じている(cman.icon)。そうすると、あまり使いたくない気もする。
③ヒートアップしているが取り繕っている場合
cman.iconはこれがめちゃくちゃ面倒だと思っている。
「僕は冷静ですよ、話し合いを続けましょう」と言いながら腸にえくりかえってメンタルへの攻撃を仕掛けるなどがある
ramen.iconこれは例えば明確に「誹謗中傷」というような形では現れていない「メンタルへの攻撃」でしょうか?もし明確に現れているものであれば、その都度警告ないしbanできますよね。
想定ではそうです。
ramen.iconなるほど。ただ思ったのは、これは、第三者が介入して強制的に止め、数時間のタイムアウトを設けたとしても、やる人はやる気はしますね。もちろん勢いというか言葉の弾みで言ってしまうということはあるので一旦止まる機会がないよりはあった方が良いとは思いますが。
もちろんやる人はやると思います。その場合、苦情報告までモデレーターは手出し出来なさそうですが、下記「止まっている間は問題が回避できる」の利点として住民への周知の時間が取れるというのもあります。それによって苦情報告があったときの対応が早めにとれそうってのと、「知らない内に問題が発生してた」みたいなのをちょっと防げそう
これが許容されると、議論の本筋とは関係ないが議論っぽい喧嘩、みたいなのが延々に繰り返されることになりそう
そして、“冷静です”、“合意してます”と言っている以上、対応が難しくなってしまう。
それも一つですね。ぼくの中で大きいのは「延々salonで水面下の争い(不毛)してるの嫌」みたいな第三者視点と、それによるギャラリーの無言退会です。これは完全にコミュニティへの悪影響だと思ってるので。
ramen.iconなるほど。立て続けにすみません(面倒だったら無視してください)が、二つ質問があります。一つめは、例えばタイムアウトを挟みつつも「延々salonで水面下の争い(不毛)」が続くような場合はどこかで打ち切った方が良いというお考えでしょうか?二つめは、cmanさんは、「延々salonで水面下の争い(不毛)」と、そうではない議論をどのように区別されるのでしょうか?僕としてはある程度複雑な議論になった場合、両者の区別をすることは──議論に参加していない第三者であればなおさら──難しいのではないかと思われるのですがどうでしょうか?
これ自分は容易にあり得るなくま子.icon
cman.iconが考える「当事者同士が納得してても議論を強制で止める(強い雪だるま方針)」ことの価値は “どのパターンなのか”と考えずに施行できる
どのパターンにおいてもひとまず止まっている間は問題が回避される
「冷静なら良いが、熱くなってるとダメ」といった主観が挟まるルールにならない
①と③は文面としては同じ状態なのに「①は良くて③はダメ」とするのはダブスタっぽくなっちゃう
当事者たちの信頼に頼りすぎてる気がする
言い足りてないが、「〇〇さんが言うなら本当に冷静なんだな」みたいなこと。
贔屓の是非は置いておくが、贔屓に悪感情を持つ人の怒りの矛先とか考えたくない
長くなりすぎたけどなんかそんなかんじなきがする