巡ループの話
巡ループのミーニングが何重にもなっているので、ここで整理しておこうと思う。
1.ちはやふる めぐりの主題歌。おそらく書き下ろし。
2.パフュームのコールドスリープの前のシングル。おそらくコールドスリープを意識して作られている。
3.ポリリズムとのつながり
まず大きな問題は、ちはやふるとコールドという全く関係のないことがらがなぜか偶然同時期に生じていること。巡ループという歌は、季節の巡り、時間の経過、それの振り返りなどがテーマになっているが、これはまずドラマを意識されたもの。しかし、これがそのまま現在のパフュームに当てはまる歌であること。そしておそらく中田もこれをバリバリ意識して作成している。これらのことにより、同じ歌詞がドラマにもパフューム自身にもピタリと当てはまるという不思議な状態が生じている。ポリリズムとのつながりでは、「繰り返す」「ポリループ」「巡り巡るよ」などの歌詞が符合している。おそらくこれも中田は意識している。2025年の紅白では、この2曲が同時歌われるわけだが、紅白側は深く考えず単純に、世に出た曲と最後の曲という意味で組み合わせたにすぎないだろうが、これが結果的に曲のつながりを浮かび上がらせることになった。こうなると、中田は少なくとも3つの制約がある中でこの曲を作成したということになる。これが作りやすいか作りにくいかはわからない。それに縛られれば作りにくくもなろうが、逆に制作の道筋はつけやすくなるかもしれない。だが不思議なのは、キーワード「めぐる」という言葉は、おそらくちはやふる側から出てきたものである。それがドラマの都合か原作の都合かはあるだろうが、少なくとも中田側から出したものではないだろうと考えられる。だがそれとは関係なく、何年も前にポリリズムで既に「めぐる」という言葉が使われていたということ。これはもう偶然でしかない。いやむしろ、ちはやふる側からのオファー時点で、中田がそれを結びつけるアイデアを考えた。言葉だけではなく、内容も結びつけることができると。言葉という点ではポリリズムとのつながりを、内容という点ではパフュームのコールドとのつながりを。それはそうなのだろうが、そうだとしても、やはりあまりにも偶然の一致が過ぎる。もしちはやふるが無かったとしても、中田は節目の歌は作ったであろう。もしちはやふるの内容が「めぐる」では無かったら、中田はこれに一曲提供して、パフュームにはまた別の歌を提供したかもしれない。つまり、今回のたまたま、偶然が重なったことを、中田が上手く利用した。はたから見れば、それが絶妙につながっているように見える。だとしても、やはり有り得ないくらいのすごい偶然が起きている。それを単なる偶然とは片づけられないほどの。
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