なぜ結論をタイトルにすることは有効か
なぜ結論をタイトルにするべきなのかにはいくつか理由があるが、そのうちのひとつは、「タイトルを見て、自分が今からしようとしている活動の参考に使う」ということをするからだ ここには、タイトルだけでも便利で使えるんだよな〜という実感があり、これにもとづいてこのように考えている
すなわち、或る活動をしようとしたとき、「どういうことに気をつければいいのだったかな?」と不安になったときに、SBプロジェクト上のタイトルを見て、「そうだそうだ、こういうことに気をつければいいのだった」と安心感を得て、行動へと臨むようにするために、「結論をタイトルにすべき」である。 例えば、Scrapboxでページを作ろうとするとき、「どういうことを意識してページを作ればいいんだっけ」と不安になったならば、気になったことを自分のプロジェクトで検索して、「そうだそうだ、『結論をタイトルにする』を意識すればよいんだったな」と確認し、そうしてScrapbox活動へと赴くとよい
日々Scrapboxを使っていれば、Scrapboxは手に馴染んでおり、特に指針を意識しなくてもなんとなく使える。
しかし、たとえばブランクがあったり、Scrapboxに慣れていないと、Scrapboxをどう使えばいいかが分からない。
本題だが、では、なぜ結論がそういった行動実践の参考になりうるのか?
それは、結論がコンテキストになるからだ。コンテキストは、或る一般的な活動において、それを配慮して個々の行動に当たるべきものである。
例えば、Discordの管理運営で喩える:
管理運営の話し合いで「下ネタが名前に含まれる人はBANしましょう」と決まったならば、Discordのモデレーションという一般的な活動において、その決定事項が考慮されて、個々のユーザーの名前に下ネタが含まれていた場合、恐れをもたずにBANすることができる。
この場合、結論にあたるのは「下ネタネームはBANする」であり、この結論は同時に、「ユーザーの名前は下ネタを含むか?」という関心をモデレーション・チームに生じさせる。このコンテキストでユーザーの名前を眺めると、下ネタを含む名前は「BANすべきもの」として目に映るようになるだろう