『視覚的人間』
ハンガリー出身の作家・映画理論家ベラ・バラージュが、ウィーンでの映画批評家としての体験を糧に、映画の芸術哲学の試みとして1924年に出版した書物。バラージュによれば、印刷術の発明以来、言葉という概念的なものに頼りすぎるようになっていた西洋の文化は、映画の登場によって、視覚的なもののほうへと根底から転換した。「視覚的人間」(直訳すれば「目に見える人間」)とは、映画に映し出される表情や身振りによって、人間の精神や魂が直接目に見えるものになったという事態を要約する言葉である。こうした展望に基づいて、本書では、文学や演劇といった先行する諸芸術と映画との根本的な異質性を強調しながら、とりわけ映画における俳優の相貌や表情の重要性、そしてそれらの表象にとっても必要不可欠な、現実の隠された細部を啓示するクロース・アップという技法の詩的な力が、喚起的な具体例とともに熱っぽく論じられていく。本書は、後年の『映画の理論』のように体系だった理論のかたちを取っていないが、かえってそれだけに、映画における風景、労働、動物、子供、スポーツなどといったテーマについての鋭敏な記述が今なおさまざまな示唆を与えてくれる。