『モロイ』
MOLLOY
第一部では、モロイが母親の家に帰ろうとして各地を遍歴し、さまざまな人間と遭遇する。彼を尋問する警視、彼を泊めてやる老女…。足の麻痺(まひ)した彼には過酷な旅が続く。その旅は、自己探求の試みのようにも見える。
第二部ではモランという探偵が、失踪したモロイを捜し出し、報告書を提出せよという任務を託される。彼は息子を連れて捜索の旅に出るが、足を負傷して移動が困難になり、森の隠れ家に留(とど)まる。捜索の任務が終了したと唐突に伝えられたモランは、やむなく家に戻り、そこで自分の体験を書き始める決意をするところで、作品は閉じる。
名シーン
おしゃぶり石
モロイの大冒険
すべてが薄暗がりだ。だがそれは、偉大な粉砕のあとの静まりに似た単純な暗がりだ。かずかずの群れが法文のごとく裸のままで揺れ動く。それがなんの群れかを知ること、それに執着しはしない。人間もそこに、どこかにいる、年を経て石化した巨大な塊のなかに、ほかの群れにまじって単純で孤独で、一個の岩と同様、思いがけないことは起こりようもなく。
安堂信也訳 白水社新版p167
いやかっこよすぎるやろ……
息子が腹が痛いと言うだけのことで、雷を招くようなことはやるまい、その怒りに触れたが最後、二度と起き上がれないかもしれない。途中でほんとうに病気になってしまったら、それはまた別の話だ。むだに旧約聖書を読んだわけではないのだ。大便はしたのかい? と私は優しく言った。やってみたよ、と息子は言った。今でもしたいかね? と私は言った。うん、と息子は言った。だが、なんにも出ない、と私は言った。そう、と息子が言った。ガスが少しだけ、と私が言った。うん、と息子が言った。
安堂信也訳 白水社新版p180
黙って聞く、百人中一人としてそれのできるものはなく、それがどういう意味かもわからないものだ。しかし、そうしてこそ、このばか騒ぎを越えて、宇宙を包む沈黙を聞き分けられるのだ。
安堂信也 白水社新版p185