『テルレス』ノート3(プ)
01
ある日、H侯爵の息子が入学してきた。帝国でもっとも影響力があり、もっとも古くて、もっとも保守的な貴族の家系だ。
それから突然、ふたりに破局がやってきた。
→テルレスが孤独を恐れている原因だろうか?しかしテルレス自身、ハイネベルク貼ってライティングと付き合っているときに孤独を感じている
こうしてテルレスのまわりは、すっかりからっぽで退屈になった。しかしそのうちテルレスも年齢を重ね、頭をもたげてきた性が、ぼんやりと、しだいに熟しはじめた。この発達段階にふさわしい友だちも何人か新しくできた。バイネベルクやライティング、モテやホーフマイアーのことだが、この仲間が後でとても重要な存在になる。
友人たちは調子に乗って、早熟そうなふりをしていたが、テルレスは仲間には加わらなかった。その理由の一部はたぶん、ひとりっ子の場合、たいていそうなのだが、性的な事柄にたいするある種の恥ずかしさによるものだった。だが理由の大部分は、テルレスに固有の官能的体質によるものだった。その官能は、友だちの場合よりも隠れていて、力強く、暗かったので、外にはあらわれにくいのだ。
02
それにもかかわらず──細部を比較してみて、はっきり感じたことなのだが──テルレスの気持ちを落ち着かなくさせているのは、バイネベルクのからだの醜い部分ではなく、すぐれた部分なのだ。
指は実際、バイネベルクのからだで一番きれいなものだったが、まさにその指に、テルレスの最大の反感が集中していた。その指にはみだらなところがあった。「みだら」という言葉が、ぴったりした表現だろう。(中略) というのもその日、もう 2度目だったのだ。性的なものが、思いがけず、ちゃんとした脈絡もなしに、テルレスの考えのなかに押しかけてきたのである。
→テルレスはハイネベルクに嫉妬している
03
この女(ボジェナ)のところに来ることが、最近ではテルレスにとって唯一の、秘密の楽しみになっていた。
ボジェナを見ていてテルレスは満腹になったが、自分の母親を忘れることができなかった。テルレスを通してふたりはつながっていたのだ。ほかのことはみんな、観念にからまれて身をよじっていただけのこと。それだけが事実だった。しかし、事実の強制をふりほどこうとしてもムダだった。
→多分、テルレスが惹かれていたのはボシュナ自身ではなく、ボジェナを通して母親を見ていたのではないか? 彼はホームシック。
テルレスは恥ずかしくなった。けれども別の考えも浮かんできた。両親もやっていることだ! 両親だって、おまえを裏切ってるんだ! おまえには秘密の共犯者がいるじゃないか! もしかしたら両親の場合、ちょっとちがうのかもしれない。けれども、似たようなものにちがいない。秘密の、恐ろしい喜びなのだから。それは、毎日がおなじであることに不安をいっぱいかかえながら、人間がおぼれ死ぬようななにかなのだ……。もしかしたら両親はもっと知っているかもしれない……!? ……まったく普通じゃないことを? なにしろ日中はあんなに落ち着いているんだから……そして母親のあの笑い方?……落ち着いた足取りで、全部のドアを閉めてまわっているかのように。────
→多分楓さんが言っていたけど、ムージルはフロイトの影響を受けているらしい。そうだとしたらこの箇所はテルレスがエディプスコンプレックスを感じている箇所なのかもしれない
04
テルレスはうずうずしてきた。もういい加減、自分のなかに確かなものを感じたくなった。善と悪、有用なものと無用なもの、をはっきり区別したくなった。たとえまちがっていてもいいから、自分で選ぶことができれば、と思った。──能力以上になんでも受けいれるよりは、ましなはずだ……
その瞬間、ライティングが聞いてきた。 テルレスはすぐしゃべりはじめた。突然の衝動にしたがい、狼狽したまましゃべった。なにか決定的なことが目前に迫っているように思えた。その接近にドキドキした。避けたいと思った。時間を稼ぎたいと思った……。しゃべったけれども、その瞬間、こんな気がした。どうでもいいことしか口にしちゃいけないんだ。ぼくの言うことには背骨がない。本当の意見なんかじゃないんだから……
→ テルレスが「バジーニを罰するべきだ」と言った理由はなんだろう。孤独になりたくないのであればライティングに口答えまでして自分の意見を強く主張するだろうか?
そしてテルレスのほうは、これからバジーニとつき合うことになるのだと思っただけで、うんざりした。
→結局ライティングに口答えした理由はこれなんだろうけど、なんでバジーニをそこまで毛嫌いしているんだろう。
06
テルレスはバジーニを避けた。最初の瞬間は、いわば自分の考え方の根っこをつかまれ、揺さぶられて、驚愕したのだが、しだいにその深い内面の驚愕も消えていった。テルレスは自分のまわりをふたたび理性で測れるようになった。違和感は後退し、夢の痕跡のように日ごとに薄くなっていった。太陽の輝く、現実の、確固たる世界では自己主張できないのだから。
テルレスとしては、手紙をそのままにしておくこともできたかもしれない。だがびりびりと破って、燃やしてしまった。親を冒瀆するようなことをしたのは、生まれてはじめてのことだった。
→テルレス、はじめて親に反抗
07
話をちゃんと追いかけていなかったけれど、テルレスには、バイネベルクが事実とは無関係の考えをまた話してるんだ、ということだけはわかった……そして突然、どうしてこんなことになったのか、わからなくなった。
そのあいだに、バイネベルクの言ったことを考えていて、テルレスは驚いて首をふった。あいつもか……? ぼくとおなじものを探しているはずはない。けれどもそれをぴったり表現する言葉を見つけたのは、まさにあいつなんだ…… テルレスは考えるというよりは夢を見ていた。自分の心の問題をバイネベルクの夢想と区別できなくなっていた。とうとう、ひとつのことしか感じられなくなった。馬鹿でかい輪があらゆるものをどんどん締めつけてるぞ。
→テルレスが探し求めているものはよく分からないが、このハイネベルクの一連の会話文を読めば何か掴めるかも?
08
バジーニを追放するという計画は、こうして決定的に消えた。テルレスはいまはじめて自分が完全に自分のことに集中していると感じた。ほかのことはなにも考えられなくなっていた。ボジェナもどうでもよくなっていた。ボジェナに感じたことは空想の記憶となり、そのかわりに現実が登場していた。
「無限!」。
これは、さっき無限を想像したときとじつによく似ている。 テルレスはいま、あらゆる面から沈黙にかこまれていると感じた。遠くの怪しい勢力のように沈黙は、以前からテルレスを脅かしていたわけだが、テルレスのほうは本能的にそれを避けてきた。ときどき、おどおどした視線でちらっと見るだけだったのだ。ところが偶然のできごとにより、テルレスの注意が鋭くなり、沈黙に注目するようになったので、沈黙のほうも、合図されたみたいに、あらゆる方面から襲いかかり、とんでもない混乱をもたらした。そして混乱は、時々刻々、どんどん広がっている。
→ここニーチェっぽい。タイトル回収
テルレスを苦しめていたのは、言葉が機能しないことだった。言葉は感じたことをたまたま表現している口実のようなもの、という不全感にテルレスは苦しんだ。
09
そのときテルレスは気がついた。背中を伸ばしてしなやかに歩いているライティングの格好は、なんと無邪気で魅力的なんだろう。──ライティングがしゃべる言葉も、まったくおなじだった。そういう印象とは逆にテルレスは、ライティングがあの晩、どんなふうにしていたのか、想像しようとした。あの晩のライティングの内面を、魂を想像しようとした。
あんなことをした後でも、人間はあんなに楽しそうに軽やかでいられるのだろうか? きっとライティングには大したことではなかったのだ。テルレスとしてはライティング自身にたずねたかった。しかしそのかわり子どものようにおどおどして、ライティングをあのクモみたいなバイネベルクに任せてしまったのだ!
→ハイネベルクには嫉妬、もしくは反感を抱いているが、ライティングに関しては憧れを抱いている
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