SECIモデル(知の創造プロセスの理論)
企業等の組織・集団における知(知識・知恵)の創造のプロセスを体系的に説明する経営理論
形式知と暗黙知の動的な変化・相互作用が織りなす知の創造と蓄積のプロセスを描く。数理的なモデルではなく認知科学を基礎としたものであり、フッサールの現象学やプラグマティズム、東洋思想などとも親和性が高い。 理論は下記の4つの知の移行過程を示す主要概念の頭文字をとってSECI(セキ)モデルと命名された。
≪個人(或いは集団)の暗黙知→別の個人(或いは集団)の暗黙知への共同化≫
② Externalization「表出化」
≪個人(或いは集団)の暗黙知→同個人間(或いは集団)の形式知への表出化≫
③ Combination「連結化」
≪個人(或いは集団)の形式知→同個人間(或いは集団)の既存の形式知への連結化≫
≪個人(或いは集団)の形式知→同個人間(或いは集団)の既存の形式知を用いて得られた成果の暗黙知としての内面化≫
※①~④を繰り返すことで形式知・暗黙知双方が蓄積されていく。PDCAを思わせるスパイラルアップのモデルである。必ずしも①から始まるわけではなく、個々人の置かれた状況によって開始時点は変わりうる。 Explicit knowledge「形式知」とTacit knowledge「暗黙知」
言葉や文章、記号等を用いて表現し他者に伝えることができる客観的な知
上記SECIモデルを含む各種学問上の理論などの活字や概念を表す図表、絵画等として存在しているものの多くは形式知である。 Tacit knowledge「暗黙知」
形式知以外の全ての知、言葉や文章、記号等を用いて表現するのが難しい自身の主観的・身体的な経験などに基づいて体得された知を指す。社会科学者のマイケル・ポランニーが提唱したもの。禅の「不立文字」の語等に表されるように日本では古くから感覚としては認識されていたように思われる。同じ動作や工程を何度も繰り返すこと(反復練習)によりコツとして会得される。また、その分野への経験が膨大に蓄積されることにより、ある種の直感や閃きなどが磨かれ精緻化されたものも暗黙知と称しうる。 例:前者にはテニスのスマッシュの打ち方、マニュアル車の半クラッチの感覚など、各種スポーツにおける身体の動きや機械の操縦の動作の習得等が該当する。後者の例としては、将棋や囲碁の達人が次に打つ手を瞬時に閃く作用、熟練工が機械の音や場の雰囲気等の”嫌な感じ”から機械の故障などの重大な事故を間一髪で避ける行為、予備校講師が問題を見ただけで別解を次々に思いつく思考過程等がこれにあたると解される。
① Socialization「共同化」≪個人(或いは集団)の暗黙知→別の個人(或いは集団)の暗黙知への共同化≫
体得した暗黙知を他者に共有するための行程・プロセスを指す。
身体で覚えるための模倣・反復練習
武芸やスポーツ、接客等で当該暗黙知を既に会得している者(師匠や先輩等)の言動を見ながら、その言動にどのような合理的な理由があるのかも分からない状態で、まずは見よう見まねで何度も繰り返し模倣・反復練習する行為。OJT(On The Job Training)の最初期の実践段階であり、武芸における修行の課程を表す「守・破・離」における「守」の型を作る段階がこれにあたると解される。
共感と対話
暗黙知を受け入れるための先方への共感と、言語化ならざるものを受け入れるというどこか腑に落ちない感覚を払拭し、腹落ちを目指すため、納得のいく形で受け入れるための膝を突き合わせた徹底的な対話・議論。前者の例としては臨床心理学者ロジャーズの唱えたカウンセリングの3原則(特に共感的理解の姿勢)、後者としては各種宗教における教理問答などがこれにあたると解される。企業経営の世界においてもベンチャー企業の共同経営者(ビジョン等はある程度共感済)などが徹夜の議論を納得がいくまで繰り返すことは珍しくない。
② Externalization「表出化」≪個人(或いは集団)の暗黙知→同個人間(或いは集団)の形式知への表出化≫
共同化を経て関係者間で共有された暗黙知を形式知に変換(表出化)する作業を指す。これにより言語化されより多くの者が利用可能となる。
各種比喩やアナロジーを用いたたとえ話の活用
表出化のためには各種比喩やアナロジーを用いたたとえ話などを駆使し、形式知化されている既有知識に結びつく形でうまく加工する工夫が必要となる。例としては悟りの境地やスピリチュアルな覚醒等を詩歌等で比喩やたとえ話を用いて表現する各種宗教家の言説などがこれにあたると解される。個人の暗黙知の形式知への表出化の例としては頭の中でモヤモヤしていたものをブログ等で文章にまとめることで思考が整理されるプロセス等がこれにあたる。
abduction「仮説生成」・retroduction「遡及推論」(暗黙知の仮説化とそのための遡及的推論)
暗黙知を仮説として整理・検証し、理論化するプロセスを指す。科学における発見の過程などがこれに当たる。従前、なぜそうなるかについてうまく説明できなかった概念(暗黙知)をより一般化し形式知として説明できるものにする。例としては、このSECIモデルのような従来うまく説明できなかった組織内の知の創造のプロセスについて、多くの事例を元に仮説を生成してそれを理論化するプロセスがまさに該当するであろう。最近ではニュースで話題となった原木シイタケのほだ木をハンマーで叩くと収量が増加する、といった以前より経験的に知られていた考えについて、その具体的なプロセス等の条件を確認のうえで、成果等を定量化し再現可能な法則性や条件を見つけ出し、理論として整理する過程などがこれにあたると解される。
③ Combination「連結化」≪個人(或いは集団)の形式知→同個人間(或いは集団)の既存の形式知への連結化≫
表出の過程を通じ形式化された知は、既存の形式知と組み合わせられ、まとめて整理・管理されることで平時の活用に資するものとなる。
具体的には企業のマニュアルや部署の業務引継ぎ資料などに新たな知見(形式知)を組み合わせアップデートする場合などである。企業外では学術論文で示された実験結果や考察等などが、幾多の追実験を経てその再現性が確認され、標準的な教科書に組み入れられる過程などがこれに当たると解される。
④ Internalization「内面化」≪個人(或いは集団)の形式知→同個人間(或いは集団)の既存の形式知を用いて得られた成果の暗黙知としての内面化≫
マニュアルや既存の体系書等を基に実際に手や身体を動かす事などで、そこから得られる暗黙知が蓄積されていく過程を指す。
例としては、設計図に基づいてプラモデルを組み立てるが所々文意の取れない箇所がある際などに、文言を反芻しつつ何度も試行錯誤して妥当な組み立て方を思いつく過程、数学の演習問題などを解答例に沿いながら再現する過程で何度も手を動かしながら思考を巡らせることにより、行間を読み取る過程などがこれに当たる。
研究
絵画などで表現された知は形式知なのか、暗黙知なのか、言葉で伝えるのは難しいが視覚的な情報としてはそのままの全てを相手に伝えることが出来るので形式知と考えるのが妥当か。例:ピカソの「ゲルニカ」から伝わってくる戦争の重々しさ等
物語(ナラティブ)の有用性について
デザイン思考の有用性について
cf.
I. Nonaka(1991)“The Knowledge-Creating Company" Harvard Business Review
I. Nonaka(1994)“A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation" Organization Science
野中郁次郎+竹内弘高(1996)『知識創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済
ゲオルク・フォン・クロー+一條和生+野中郁次郎『ナレッジ・イネーブリング』(2001)東洋経済
野中郁次郎+遠山亮子+平田透『流れを経営する』(2010)東洋経済
入山章栄『世界標準の経営理論』(2019)ダイヤモンド社