Discordでの現出と現出者の議論(2020/2)
「ろくろ首が存在するとはどういうことか」みたいな話の中でフッサールの「現出」の話になった
諸論点
現に体験されているのは現出のはずなのに現に体験されている以外の現出を含む現出者を知覚してしまうのは不思議なことだ
この論点が出てくる箇所を更に遡ると……
空き缶を掴もうとするときに、見えているのは一面だけなのに、その背面や重さまでをも見越してしまう「予視」
「現出者」が「物自体」のように語られており、「現出」が「仮象」のように語られているという指摘
注
この論点と関連するのが「全面を一挙に表すこと」と「タバコの現出」
すなわち
タバコが現出する(現出することの主語がタバコになっていることに注意)とは、必ずしも、タバコの全ての面が一挙に与えられることを意味しない、ということ。
つまり、タバコの現出のハードルが下がっている。→物自体のようなものではない 注)そもそも物自体は、認識されない(という概念)
射映は尽きることがないので、完全な対象把握はできません。(Discord) ここでは、家の周りをぐるぐる見て回る例で話がされていた
家を見ているとき、家の周りをぐるぐる回ったりして、家という対象の蓋然性は高まっていきますが、射映は尽きることがないので、完全な対象把握はできません。
なお、ここで独立した対象が成り立つためには「理念化」が必要だと言われる