2022/08/18
死にたい気持ちが大変つよい日であったことを正直に書いておこう。ここ最近は瞑想の時間がなかなか割けず、結構調子が悪かった。昨日は運良く瞑想の時間が取れたので息を吹き返した。「自分には生きる価値がない」という観念をギリギリで破ってくれた。しかしながら、年をとるにつれ「自分には生きる価値がない」という観念は増大してくるだろうと思われるので、「いつかは追いつかれてしまうのではないだろうか」と思うときにもある。というか実は最近がそうだったので、大変苦しい思いをしたのだけれど、やはり瞑想を丁寧にやり、「いまここ」に注意を戻すことと、仏教の教えを振り返ることで調子を戻すことができた。まぁこの先は幸福な道を歩めるとはあまり思ってはいないが、本気でヤバくなったらいつでも仏様が助けてくれると思えるという点においては、自分はとてもとても得をしているんだろうなぁと思うのでした。uvoa.icon
というか本当に最近は割りと危なかった気がする笑 なかなか一般的な「幸福」を得ている人間ではないので、「そうでなくてもいい」という道を仏教から頂けたので正気を保ってられている。もしなかったらまた廃人コースだったろうなぁと思いました まるuvoa.icon
なぜ生きる価値というものがいるのだろう?と客観的に俯瞰してみると意外と楽になったりする発見をした。生きる価値を見出せない人がほとんどだと思うので
生きる価値を勝手に形成してしまうのが人間ですよね。極限のところを行くと人間は等しく必ず死ぬので、生きる価値というのは実質ないようなものなのですが、それを追求するのをやめられないのでしょう。生存本能というか、無明というか。uvoa.icon
重苦しい話だけだとつらかろう。音楽でも貼ろう。
https://youtu.be/eFhon69VXMg