間主観性
E.フッサールの用語で,相互主観性あるいは共同主観性ともいわれる。純粋意識の内在的領域に還元する自我論的な現象学的還元に対して,他の主観,他人の自我の成立を明らかにするものが間主観的還元であるが,それは自我の所属圏における他者の身体の現出を介して自我が転移・移入されることによって行われる。こうして獲得される共同的な主観性において超越的世界は内在化され,その客観性が基礎づけられると説かれる。その後 M.ハイデガー,M.メルロ=ポンティらの議論を経て,廣松渉はこの語を諸個人が互いを主体として承認しつつ単一の世界を共有しているような事態であると定義した。今日では,自己と他者の分化に先行する基底的な構造をさして用いられる。 ふだんは意識していないかもしれませんが、自分と他者のあいだには、ここで言う「間」のようなものが満ちていて、そうであるからこそ、人と人は円滑にコミュニケーションがとれているんです。誤解をおそれずに言えば、人間は、他者のことをある種の動物的な勘でわかることができる、つまり、そこそこテレパシーしているんです。もちろん、完全なテレパシーは無理ですが。このような働きのことを「間主観性」と言います。