小田原事件
1915年(大正4年)、谷崎は石川千代子と結婚したが、1921年(大正10年)頃谷崎は千代子の妹・せい子(『痴人の愛』のモデル。芸名葉山三千子)に惹かれ、千代子夫人とは不仲となった。谷崎の友人・佐藤春夫は千代子の境遇に同情し、好意を寄せ、三角関係に陥り、谷崎が千代子を佐藤に譲ることになったが撤回するという「小田原事件」が起きた(佐藤の代表作の一つ『秋刀魚の歌』は千代子に寄せる心情を歌ったもの。また、佐藤は『この三つのもの』、谷崎は『神と人との間』を書いている)。 谷崎潤一郎は石川千代子という女性と結婚していたのだが、次第に彼女の妹のせい子に惹かれるようになり、千代子とは不仲になる。 千代子の境遇を同情していた友人の佐藤春夫は、次第に千代子に好意を寄せるようになる。 谷崎は佐藤に自分の奥さんをあげるという。
しかしその後、せい子にあっさり振られてしまう谷崎。「やっぱり嫁を返してくれ」と佐藤春夫に願い出た事件。
佐藤はこれを機に谷崎と絶縁した。