好きだった音楽(ばる)
現在は電子音楽を中心に聴くが、元々は邦楽や洋楽のロックが好きだった。 僕は中学高校時代に兄の影響でロックを聴くようになった。日本のバンドでブランキー・ジェット・シティというバンドがいたが、このバンドが僕の最初のロック体験そのものである。ブランキー・ジェット・シティについて書きたいこともたくさんあるが、今回は書かない。兄からオアシスやレディオヘッド、ニルヴァーナやレッチリ、グリーンデイのような英米のロックバンドも教えてもらい、地元のレコード屋さんに足繁く通い、聴いてもよくわからんがいつか気にいるだろうと思って購入していた。 洋楽にも馴染み始め、ロッキング・オンやクロスビートといったロック専門雑誌を読みながら、自分もギターを弾いてバンドをやりたくなったので、大学時代に軽音楽部に入った。 この部活動での出会いは非常にインパクトがあり、この中で音楽を”漁る”ような習慣を身につけた。周りがみんなそうしていたからだ。仲間がみんなそれぞれ中古レコード店をまわり、これは自分しか知らない音楽だ、自分が見つけてきたんだと言わんばかりの感じで、買ってきたCDを紹介し合った(今思うとどれもそのジャンルではわりと王道の音楽であった)。この習慣は、自分が今でも音楽探求を続けている原因になっていると思われる。
面白かったのは、仲間それぞれが同じような音楽志向というわけでもなく、パンク、ニュー・ウェイヴ、ハードロックやメタル、プログレ、レゲエやダブ、ジャズや渋谷系、テクノミュージック、電子音楽など様々な音楽を見つけてきては教えあったということだ。これは非常に大きかった。パンク界隈のみを漁っていては今でもパンクミュージックの世界にのみ閉じていた可能性もある。 とはいえ、この時代僕にとって一番の関心ごとはパンクやパンク以後の音楽、またパンクに影響を与えた音楽についてだった。
そのすべては部室にたむろしていた先輩たちが教えてくれた。彼らは明るい大学生活とは全く関わりのない闇の中を蠢くゴキブリや蜘蛛のような連中で、今でも思い出せるのは、おそらくロクな大学生活を送っていないだろう先輩たち(彼らにとって留年は常識であった)が、暗い部室の片隅で煙草を吸いながら、ポスト・パンクやノー・ウェイヴやクラウトロックについて教えてくれる姿である。カンやノイ!はその時に知った。 僕にとって衝撃だったのは、ノー・ウェイヴというジャンルの音楽で、『No New York』というコンピレーション・アルバムを先輩に聴かせてもらった時には、「え?ふざけてんの?」と思ったものだ。僕が当時聴いていた音楽、パンクやロックは初期衝動の音楽といってもある程度構成はあるものだ。しかし、ノー・ウェイヴはまじで適当にがなり散らして、構成もクソもない。「音楽ってこんなんでええんか」と思ったものだ。この「こんなんでええんか」みたいなんは、音楽に意味性や秩序を求めない姿勢を僕に与えてしまった可能性がある。これはのちのノイズ・ミュージック開拓につながっていく...... そんな当時好きだった音楽で思い出せるのは
ノイ! 『Neu! 』
ジョイ・ディヴィジョン『Unknown Pleasures』
ザ・ポップ・グループ『Y(最後の警告)』
イギー・ポップ&ストゥージズ『The Stooges』
ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』
キャプテン・ビーフハート『トラウト・マスク・レプリカ』
Various Artists『ノー・ニューヨーク』(The Contortions, Teenage Jesus And The Jerks, Mars, D.N.A.)
など、その界隈ではわりとスタンダードなものばかりだ。ボアダムズとか灰野敬二とかジャパンノイズ的なのを知るのはこのあとだろう。
もちろんこういった古い音楽と並行してレディオヘッドの『KID A』やストロークスのような現行のロックバンドも聴いていた記憶がある。