書くための名前のない技術(anf編)
前回の記事「理想の文章エディタは「はてなダイアリー」」で、アウトラインを決めずに思いつくままに書く技術について書いた。それが自分の基本的な書く際のスタイルではあるんだけど、少し前に開発したThinkNotesというエディタアプリは、そういう自分のスタイルとは真逆のアプローチだ。 このエディタでは、Twitter風のつぶやきをタイムラインに記録して、それらをアウトライナーに流し込んで、順番を整えながら、加筆してまとまった文章にするという書き方になっている。
実は、こういう形も、自分の書き方のスタイルの1つではある。雑誌等に記事を書かせてもらうことが出てきてからのやり方だ。雑誌記事は、当然ながら文字数が決まっているし、テーマもはっきりしている。ブログとは違う質(というか方向性)が求められる中で、自然に生まれた書き方だった。当時は、Twitterに落としていたアイデアのタネをWorkFlowyに取り込んで、それを並べ替えて作ったアウトラインを見ながらWordで(時にUlyssesで)文章を書くという流れだった。ぼくの書くプロセスには「蓄積すること」「整理すること」「整えること」の3つがあるんだなと再確認。
そういう流れを1つのアプリで完結させたい、という思いからアプリを作った。これまでは、書いたメモやつぶやきがうまく「書くプロセス」にうまく(自然に)引き継がれなくて、単純にコピペが面倒だったり、原稿に昇華できなかったメモがあったりと個人的にはどうにかしたかった。
一方で、ツールが変わることでフェーズが変わるというか、意識が変わるという側面もある。例えばObsidianに移った時に感じる「あ、仕上げの段階に来ているんだな」みたいな高揚感とか。今後このツールで書く中で、タブの移行時にも同じような感覚が生まれるのかどうかが興味深い。それは、今後エディタを使い続けることで見えてくるのかもしれない。
「道具を作る」ということ、あるいはその過程を振り返ることは、その道具を使う際の自分のプロセスやルーチンを見つめ直す機会になるのは間違いない。エディタづくりを通して、自分が便利になるだけでなく、エディタを見ることで「あの人はこういう手順で文章を書いているのか」と名も無き人たちの「書くための名前のない技術」が可視化されるのはとても面白いと思うので、個人的にはみんなエディタアプリ作ればいいと思う。