物的創造のあとに知的創造が来るパターン
常に知的創造のあとに物的創造があるというのはエアプ
物的創造のあとに知的創造もある
釘と柱をうってとりあえず家のようなものを建ててみて、その加減から得られる情報で家を建てたりする
chatGPTに勧められるまま7つの習慣てベストセラー自己啓発本を読んだが ア゛(怒)!?となった項目があった すべてのものは二度つくられるという原則に基づいている。すべてのものは、まず頭の中で創造され、次に実際にかたちあるものとして創造される。第一の創造は知的創造、そして第二の創造は物的創造である。
思い描いた家を設計図にし、建築計画を立てる。これらの作業が完了してようやく工事が始まる。
毎日建設現場に足を運び、設計図を見て、これらの作業が完了してようやく工事が始まる。
庭をつくるなら、植物をどのように配置するか頭の中で想像を巡らすだろうし、紙にスケッチする人もいるだろう。スピーチをするなら、事前に原稿を書く。都市の景観を整備するなら、どんな景観にするか青写真をつくる。服をつくるときは、針に糸を通す前にデザインは決まっている。(7つの習慣 / p159)
まったく新しい製品の関連区とのデザインレビュー
テーマリーダー/担当者は、立てる方針を実行できるものにするために手段(細かい話)を選んでいる
手段に問題がないことが握れないと、立てた方針が実行できない可能性が高いため
だから手段から方針を立てながらgoalにもっていく途中のレビューというのがある。 手段なんかしらんわというレビュワーが何度もそういう話されると苦痛だろうが
そういうノリで何度もレビューイやるのもつらいが
多くの議題でレビュワーが「手段は好きにしていいから方針について明確にしてくれ」とプチギレる 「細かい話は任せるから、自分らは 大枠があってるかを把握したいのだ」的なやつ
義母の展示の設営は、どの箱に何を入れたか覚えてなかったり誰が何をやるかもケセラセラでその場のアドリブで行われる それはその先の見えないプロセスを楽しむ心があり、できるという自信がそうさせていると思われる
いやどっちかというとあれはクリスマスツリーの飾り付けをみんなで楽しもうみたいなノリか?
わたしは例えば引越しとかは体力勝負なので、どの箱に何を入れているか、どこに何をおくか、を指示書を作って望む