ヘカリム:物語「もはや生者に非ず」
凍てつく波が荒涼とした赤い岸辺に打ち寄せ、砕け散る。ヘカリムに虐殺された者たちの血で染まった浜だ。生者たちは恐怖に震え、浜辺を逃げ惑う。黒い雨が彼らに降り注ぎ、島の中心から呻き声が上がり、嵐雲が沸き起こる。生者が叫び合う声が聞こえる。声はしゃがれているが、戦の号令のようだ。言葉はわからないものの、その意味は明白だった。連中は生きて船まで辿り着くことができると信じている。確かに、連中は手練だ。木の盾をがっしりと並べ、一塊の防御隊形を組んで動いている。しかし、所詮連中は定命の者に過ぎない。ヘカリムは恐怖に怯える肉の臭いを吸い込んだ。 ヘカリムはぐるりと生者たちの周囲を回り、崩れゆく廃墟の合間を縫って、灰色の砂から立ち上るどす黒い霧に紛れた。黒い岩を打つ蹄が火花を散らし、雷鳴のごとく轟き響いて、生者たちの勇気を責め苛む。面頬のスリット越しに生者を見れば、その肉体の内には惨めたらしい魂の弱々しい光が揺らめいている。ヘカリムを拒絶するその光こそ、彼が渇望するものだ。 「貴様らはもはや生者に非ず」彼は言った。
重厚な鉄兜をかぶったヘカリムの声は、首を吊られた罪人が発する断末魔のようにくぐもっていた。その声は錆びついた刃のように、生者の神経をじわじわと痛めつける。彼らの恐怖を飲み干すうち、ついに一人の男が盾を投げ捨て、しゃにむに船を目指して走り出す。ヘカリムはニヤリとほくそ笑んだ。 雄叫びを上げながら雑草生い茂る廃墟から躍り出で、鉤の付いた鎌槍を低く構え、突撃の愉悦に浸る。銀色に輝く騎兵の一団を率い、戦場を駆けた記憶が蘇る。栄光と名誉に満ちた日々。男が暗く冷たい波打ち際に辿り着き、肩越しに振り返った時、その記憶はゆっくりと薄れて消えた。
「頼む!助けてくれ!」男は叫んだ。
ヘカリムは哀れな犠牲者を、雷のごとき一撃で肩口から股まで両断した。 鮮血を浴びて、漆黒の刃を備えた鎌槍が脈動する。か弱い燐光を放つ男の魂は飛び去って逃れようともがいたが、貪欲な黒い霧からは逃れられるはずもない。ヘカリムが見つめる中、魂は影に包まれた生前の姿へと捻じ曲げられていく。 ヘカリムは島に秘められた暗黒の力を呼び起こす。血で染まった波間がにわかにさざめき、闇の騎士たちが水中から現れ出でた。古めかしい鋼鉄の鎧に封じこめられた亡霊の騎士たちが、闇の輝きを帯びた黒い剣を抜く。皆ヘカリムにかつて仕え、そして今も彼に仕えている騎士たちであるが、ヘカリムの記憶には彼らのことなど微塵もない。ヘカリムは浜辺にいる生者たちに向き直った。霧を追いやり、その姿を現すと、彼らが恐怖するのを存分に味わった。 その巨体は悪夢を思わせる半人半馬、真鍮鉄で覆われた破壊の魔獣そのものだ。その身を包む鎧は黒ずみ、表面にはもはや何の象徴であったかはっきりとは思い出せない印が刻まれていた。面頬の奥で、冷たい死に囚われ、今なお憎しみに燃える魂が燻っている。
空を千々に切り裂く稲妻を背負い、ヘカリムは棹立ちした。鎌槍を低く構え、騎士たちを率いて突撃する。力強い蹄が大地を打つ度、血を吸った砂と骨の破片が勢いよく跳ね上がる。生者たちは悲鳴を上げて盾を掲げるが、亡霊騎士の突撃を食い止める術などない。主の特権としてヘカリムが最初の一撃を食らわせると、居並ぶ盾の壁はその雷鳴のごとき衝撃に大きく崩れ去った。鉄の巨体に踏みにじられ、生者は潰れた血溜りへと化していく。鎌槍が左へ、右へと薙ぎ払われる度に、何人もが死の叫びを上げる。亡霊騎士たちは行く手に在る全てを打ち倒し、生者たちを蹄で蹴りつけ、槍で突き刺し、剣で叩き切って惨殺した。骨が砕け血が飛び散り、肉体を逃れた生者たちの魂は、失墜の王の恐るべき魔法により、直ちに生と死の狭間に囚われていった。 死者の霊魂が虐殺者たるヘカリムを取り巻くと、戦いの悦びがとめどなく押し寄せる。ヘカリムはむせび泣く亡霊たちなど気にも留めなかった。そんなものを隷属させる趣味は彼にはない。従者など「縛鎖の看守」にくれてやる。 我が望むのは殺戮のみ。