ネーミングの狙い
けテぶれやQNKSはネーミングがいいねと言われるが、命名したときにキャッチーな言葉にしようという意図はほとんどなかった。(キャッチーかどうかは受け取りての主観に左右されるので、それを意図的に狙うことは難しいと思う。) ではその狙いはなにか。
正しく再生させる
僕が狙ったのは、短い言葉の中に多くの情報を含ませる、ということ。けテぶれという言葉には、「学ぶためには、計画して、テストして、分析、練習という過程をサイクルとして進めれば良い」という情報が含まれる。QNKSも同じ。「考えるためには、問いをたて、情報を抜き出し、組み立て、意見として整理していけばいい」 この情報の頭文字をとって名称とすることで、けテぶれやQNKSという名前さえ暗記していれば、その名前からサイクルの回し方を正しく再生できる可能性が上がる。
対比的な例として「KJ法」は「川喜田二郎が考案した手法」という意味しか含まれていない。こんな情報を含ませてもしょうがない。ちなみにその弊害として、今広くKJ法として行われている方法は、とりあえず付箋で分類していくといったシーンでのみ活用されている事が多く、それは本来のKJ法の一部でしかない。(本来のKJ方は、「①ブレストの実施とカードの記入②グルーピング③並び替え④言葉にする」という過程のこと。こうみるとQNKSと殆ど同じことを言っている。)
上のKJ法の例とは逆に、けテぶれもQNKSも手法を再生するために必要な情報を含ませたネーミングになっているため、その手法を正しく再生できる可能性が上がる。これを狙ったネーミングである。 記憶に残す
小学校のときに習ったことなんて、殆ど覚えていない。記憶の強さはその情報への接触回数に比例する。だから、けテぶれ、QNKSと短い言葉にして、いついかなる時もそれらの言葉を連呼すれば、記憶に残る確率が上がる。記憶にさえ残れば、上の特徴により、名前からサイクルの回し方を想起しやすくなる。
小学校の時の授業の記憶がまるでないのは、授業で提示される情報が毎回異なり、一度触れた情報に何度も触れるというデザインになっていないからという要因は大きいと思う。
手法を開発する目的は「手法を受け取った人がその手法を正しく使うことで効果を得て、目的を達成しやすくするため」にあるはずである。それを実現しようと思ったとき、長く記憶に残るよう、記憶から正しい方法を導けるよう、デザインした。