プロジェクトとワイン
ワインは所詮、個人の好みの問題であり、その味わいも評価も、曖昧だとよく言われる。
それは間違いである。
そう語るのは、そう語る人のワインに対する感覚と感性が曖昧なのである。
また別の人は、値段が高いのはマーケティングの結果であり、ブランド信仰だ、本来の品質と価格は比例していない、という。
間違いとは言い切らないが、正しい認識ではない。
ワインには断固として客観的な品質というものが実在するし、往々にして、品質の高いものはそれに見合った価格に落ち着いていく。
ただしそれは、長い時間を経て、統計や大数の法則に導かれてそうなっていくので、短期的にみたら、例外はもちろんたくさんある。
ワインのことを考えると、人類全体の集合無意識の実在を実感する。一人ひとりの次元で見ると誤差は大きくても、大局的にはそれなりに真っ当な判断をしているのだ。
おそらく、集合的無意識というのは、個人の知識や偏見に染まったフィルタを取り外した、まっさらな、素直な感覚のことなのだろう。
そういうことを考えるとき、プロジェクトという現象もまた同じだと思う。