商品・事業開発において解くべき問題
商品開発や事業開発と聞くと、連想されるのは、例えば以下である
認知、信用、欲求、購買、共有・・・と言われるような、マーケティング定石
MBAビジネススクールで語られる分析フレームワーク
総合代理店的な「発想法」「人脈活用」
ビジネスモデルキャンバスみたいなもの
アジャイルやデザイン思考を使ってその設計解に素早く辿り着こう、というもの
タイムマシン経営の、うまいやりかた
これらのあらゆるきらびやかな理論に、滋味深い学びはあるが、それにおぼれて口が驕るのは考えものである。
なぜなら、究極的に解くべき問題は、たったひとつに集約されるからである。
「わざわざお金を出してでも買う人がいて、わざわざ手間をかけてでも売る人がいる、その原理を突き止めよ」
分解すると、ふたつの問題になる。
問題① 「最終意思決定者が誰で、その人が求める価値とはなにか」
問題② 「その価値を生み出すために、己は他者が模倣できない事業資産を持ち得るか」
従来の商慣習のなかで、人間は、目が曇っていて、その真実が見えていないのである。
あるいは、当該領域知識が不足していて、なにもわかっていないのである。
なんの活動も行わない時点では、その答えの内実そのものが未知であるのは当然だが
「その答えに至るために、どのようなプロセスをたどれば良いか」も、やはり、未知であり、
「組織行動としてその答えを最大効率で探すためにはどうすればよいか」も、まったくもって未知である。
問題①と②は互いに独立しているように見えて、そうではない。
このややこしさこそが、商品・事業開発における、最大の頭痛のタネである。
現代物理風にいえば「対生成、対消滅」の関係のことを思うとよい。
仏教哲学風に「啐啄同時」といってもいい。
昔の人なら、これを「チャンスは前髪」といった。
コヘレトは「時を知りなさい」と言った。
自分は「等身大で、力の限り意欲的に、迷走しよう、足掻いてみよう、藻掻いてみよう!」といいたい。
もちろん、盲滅法足掻いても、ただ溺れるだけである。
新商品や新事業を志す人間には「逆に、こうじゃないか」というテーマが、必要不可欠である。
そして、プ譜はやっぱり、便利だよと、思う。