第272回例会「概念創造力としての信仰━━パスカルの賭けを手掛かりとして」
開催日:2025年9月6日
発表者より:神の存在証明の傍流として「パスカルの賭け」というものがあります。フランスの哲学者ジュール・ラシュリエはこの思考実験を分析し、カントが神の存在論的証明を実在性を担保するものではないとして退けたのと同様、ただ神が存在することを信じて賭けるだけではその実在性を担保することはないという結論を引き出します。/しかし、発表者としては神の実在へのこれらのアプローチは神の実在性を100%担保するかそれとも失敗した荒唐無稽な論証かという二者択一で評価されるべきではなく、人間の認識の能動性や創造性、すなわち「人間の栄光」を確認しようとするものだと読み直し、位置づけ直すことを提案します。というのも、確かにこれらの説明は形而上学的存在の実在性を100%保証するものでは確かにありませんが、一方で形而上学的な可能性の空間を創設することによって、その中に生起する実在をキャッチできることを準備する営みだからです。
コメント
Syun'iti Honda.icon 「神の存在論的証明やパスカルの賭けといった思考実験は、神という対象の経験的に観測可能な「厚い」実在の証明の失敗として評価されることが多い。しかし、これらの証明や思考実験において見出されるべきものは、「厚い実在」に先立って可能性の空間を開き、理解や行為を可能にする条件としての創造能力という「薄い実在」であり、この創造能力こそが、理性的な存在者である人間の「知りたい」「疑う」「信じる」という根源的な欲求が統合される場であるという結論が提示されていました。しかし、創造能力の悪用とその実践的対応としての形而上学に対する規制、「人間」とは理性的な存在者の比喩に過ぎず、それは人工知能と代替しうるという観点の提示、存在論的証明や賭けにおける神を ASI のような超知性として解釈しなおす試みもなされており、単純な人間存在の礼賛という内容ではなかったと思います。」
ayu-mushi「本論では、アンセルムスの存在論的論証は「想像上の存在も一定の実在 (=薄い実在) を持つ」という論として読み替えられ、パスカルの賭けは「想像上の存在を信じることは (人生を豊かにするなどの点で) 有用である」という論として読みかえられていたのでしょうか?
神の存在に関する議論と、ふかくささんの創造力が重要という論は、連想関係以上の関係がない (神の存在について議論すること自体が創造力の発揮であるということはあるけれど、それは「証明」する試み以外の信仰などについても言える) ように思え、創造力が重要だといいたいのであれば、本当に神の存在証明の話を関連付けるべきだったのか疑問に思いました。
厚い実在というのが、経験的に観測可能という認識論的な意味と、物理的対象であるという存在論的な意味との複数で使われていたような気がしました。キリスト教徒は神を厚い実在とは思っていないという文脈で、神は物理的対象ではないからというようなことをおっしゃっていたと思います。しかし神を認識論的な意味で厚い実在と思っているキリスト教徒はたくさんいそうです(例: argument from design)。「観測可能である」という概念に「観測事実を説明するために有用な措定物である」も含めるかにもよりますが (それを含めないのであれば、科学理論が措定する対象も直接的には観測不可能なものが多いですね。例えば、クォーク)。」
ふかくさ「神の実在性に関する議論を、その動機づけに鑑みて人間の能動性を強調するものだと弱く読み替えたが、あまり強いツッコミもなく例会が盛り上がらず誠に遺憾でした。/人間礼賛は古典的な動機づけとしてありますが、現代的関心は人工知能などテクノロジーとの競合関係にあり、人工知能を生み出せる人間は素晴らしいと言えると同時に人工知能が人間の領域を侵しかねないあやうさがあります。/創造力が重要だという論点は、ここでは特に悪者扱いされがちな「信じる」にフォーカスしています。他の数学的証明などは形式的操作であり「知る」に重きがあるのに対し、神の存在論的証明などは最終的には神の存在を知るのではなく信じる(信じても不合理ではないと説得する)ことが明らかに動機にあることから取り上げました。ただし、他人に心があると信じるといったことでも同様ではあるので、100%の必然性が無いのは確かです。/神を知覚可能な厚い実在だと思っているクリスチャンはいないと発言した意図は、主に天使や幽霊などの精神的な存在を「この目で(=肉眼で)見た」と騒ぐ人々は異端として退けられることに由来します。また、サイエンスにおいても薄い実在が信じられている可能性についても言及しました」
参考資料
「ラシュリエ『パスカルの賭けについての覚書き』再読 ―神の存在証明から“私”の賭けへ,あるいはフランスにおける超越論的哲学の誕生―」(オンラインPDF、甲南大学機関リポジトリ)
松田語録:パスカルの賭け
参加者
8名。
https://scrapbox.io/files/68bec9019b5ed45da59af7da.png