一斉指導のタイミング
授業の最後の5分は必ず先生の時間
本時の学びに関する押さえ
本時の学び方に関するフィードバック
これが最も大切。けテぶれマップやルーブリックでの振り返り。
自己評価。OPPシートなどで振り返りを一望できる用意にするのも非常に効果的。
大テストへの意識の拡大。残り時間と残りの範囲…
クラスの多くの子が共有できる問いが生まれたとき
一斉授業は、問いが出たときに。
なんでいきなり一斉指導から入るのかわからない。単元頭のイントロダクション的なことならわからなくもないが。それ以降内容的なことに関して、なぜ全員の動きを止めて、指示に従わせるのか。教科書を自分でよんで理解できる子が0人って言う前提?そりゃないよ。
やってみて、もがいてみて、あらー、、これはー、、よーし!!みんなちょい待ち!!って入るものじゃないの?一斉指導って。必要があるから、やるんだよね。
僕はこれを「とれたてほやほやの問い」とよんでいる。
問いにも鮮度があるのだ。
とれたて問いは美味しい。
具体的に言うと。
今現在自分たちがやっている学習の中で行き詰まったこと、勘違いをしていることを問われるとき、子どもたちは前のめりになる。
え?こうじゃないの?という感覚が子どもたちの興味をそそる。
特にこういうことは国語の物語文でやりやすい。表面的な読み取りから一歩深めるような問いを投げかける。
考えてみれば当たり前のことだよね。でもそれを生み出す構造が一般的な授業にはない。
クラスの多くの子が単元の中心発問を受け取れる状態になったとき
その布石として、中心発問だけを常に掲示しておく
国語だと、このものがたりの主題は何か?とか。
もしくはその単元で本当に子どもたちに考えさせたい中心的な問いがある時、それをいきなり問うことはできないよね?
でもそれは「その問いを考えられる状態まで連れて行ってあげなきゃいけない」ということを意味するわけじゃないよね。
ここを切り分けて考えなきゃいけない。
子どもたちは自分で進めるんだよ。そして、自分で進むほうがいいんだよ。
常に黒板の上に中心発問を掲示しておいて、学習の中でずっと意識できるようにする。
授業の最後5分で常にその問いに対する答えを書かせ続けてもいい。
毎回答えが変わるのが面白くなってくる