知的財産法 前期第12回
知的財産法 前期第12回
https://gyazo.com/0f5bccc75061a17dda5a0b885e263bf3
クレーム解釈論
特許後の公示・・請求項の記載事項につき、権原なき第3者がそれを業として実施してはならない、という一般的規範が定まり、それが、行為規範、裁判規範となる。
特許発明を実施しているか否かの判断手法として「技術的範囲に属するか否か」を判断する。
特許法70条第1項:「特許発明の技術的範囲は願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定める」
同条第2項:「用語の意味は明細書の記載を考慮する」
権利一体の原則オール・エレメントルール
「特許請求の範囲」の発明の構成要件が、あたかも、法律の要件事実と同様に扱われる。
対象物件・対象方法が、請求の範囲(クレーム)の構成要件をすべて備えたとき、特許発明の技術的範囲に属するとして権利侵害が成立する
一部実施は特許発明の実施とならない
前回の授業で演習として出した問題をここで皆さんと検討してみましょう。
切り餅の請求項に特定された特許発明を分説すると、
1)焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
2)載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、 3)この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、
4)焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
5)餅。
となります。
これに対し、ライバル社Sの切り餅は、(株)越前屋の切り餅を参考にしたことはなく、独自に開発した異なる製造方法で作っている。S社の切り餅は、3枚ののし餅をやわらかいうちに重ね、所定の大きさに切ったもので、切り餅の表面には十字の切り溝が残るようにカットしたものであった。さて、S社の切り餅の製造販売行為は、(株)越前屋の特許を侵害することとなるのだろうか。
https://gyazo.com/c512091dbcf0f2d75c55fa366b2d3aba
なお、本問では、実際の事件と異なり、3枚ののし餅を重ねることで、側周表面に積層ライン溝を形成してありますが、上面に十字の切り込み部18を設けてあるのは、実際の事件と同じです。
実際の事件では、
2)載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
という特許発明の構成要件につき「載置底面又は平坦上面ではなく」という文言が、載置底面又は平坦上面には溝部を設けないということを意味するのか、側周表面に設けることを強調するためなのか、が争点となりました。地裁の判決では、上面には切り溝が設けていない発明だとしたのですが、高裁ではそうではなく、切り溝があっても良い発明とした。
クレーム解釈(属否判断)手順
1.請求項(クレーム)記載の発明の構成要件を分説する。
2.侵害とされる対象物件(イ号)の構成を分説する。
3.両者を対比する。
4.特許発明の構成要件を文字通り解釈して対象物件の対応構成が(概念として)含まれるか解釈
5.相違点があれば、原則属しないとする
6.相違点が均等か否かを判断(均等論)
クレーム解釈の理論(1)技術常識の参酌
技術的範囲は、当業者の技術常識に従い解釈される。
技術的範囲は、当該特許出願時における当業者の認識ないし理解に従ったクレームの用語の解釈によって画定される。
クレーム解釈の理論(2)出願経過の参酌
出願経過において、権利取得のために、出願人が主張・立証した事由(意見書の記載等)や、補正書で示した補正内容などを、権利解釈の資料として参酌するものである。
出願経過で出願人が主張したことと反する方向の解釈は原則許されない。これを、包袋禁反言とかファイルラッパーエスペットルと言う。
但し、権利を取得する以上、やむを得ず言った場合と、出願人が不用意に誤って言ってしまった場合は問題がある。例えば、東京地判平成13年3月30日では、無効審判で、特許権者が不用意に言ってしまったことを侵害訴訟に影響すると思って撤回したケースがある。『特許判例百選』(前掲176頁)参照。
クレーム解釈の理論(3)公知技術の参酌
公知技術を含み、無効とされるべきときは、無効の抗弁で対処し、無効とまではならない場合には、限定解釈。
クレームに公知技術が含まれるとき、技術的範囲の解釈にあたっては、出願当時の公知技術を除外して解釈。(炭車トロ事件:最高裁 昭和37. 12. 7.)
クレームの中に公知技術があったときに、クレームに書いていない要件を付加して特許性を是認した上で技術的範囲を限定解釈(液体燃料燃焼装置事件:最高裁 昭和39. 8. 4)・・・この当時は、無効の抗弁のない時代のため、このような解釈がされたが、現在は、無効論で解決できる場合は、無効の抗弁で争う。
クレーム解釈の理論(4)機能的クレームの解釈
機能的表現で、文言上技術的範囲に含まれるが、実施例を見ると1個しかないような場合、実施例と、それに非常に近い、均等物の範囲が技術的範囲であると解釈される場合がある。米国特許法112条第6パラグラフの逆均等という概念に近い解釈指針である。
アメリカ合衆国特許法
35 U.S.C. §112 the sixth paragraph
An element in a claim for a combination may be expressed as a means or step for performing a specified function without the recital of structure, material, or acts in support thereof, and such claim shall be construed to cover the corresponding structure, material, or acts described in the specification and equivalents thereof.
特許庁HPより
35 U.S.C. §112 the sixth paragraph
組合せに係るクレームの要素
組合せに係るクレームの要素は,その構造,材料又はそれを支える作用を詳述することなく,
特定の機能を遂行するための手段又は工程として記載することができ,当該クレームは,明
細書に記載された対応する構造,材料又は作用及びそれらの均等物を対象としているものと
解釈される。
機能的クレーム解釈手順
①手順1:当該用語が機能的・抽象的か否か。
②手順2:機能的・抽象的である場合、詳細な説明に開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該考案の技術的範囲を確定(理由:開示されていない技術思想に属する構成が考案の技術的範囲に含まれると、出願人が考案した範囲を超えて実用新案権による保護を与える結果となる→開示の代償としての保護という法の理念に反する)
③手順3:考案の技術的範囲の確定にあたっては、明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく、開示された考案に関する記述の内容から「当業者」が実施し得る構成も含む。
クレーム解釈の理論(5)物の発明を製法で特定した場合
物の発明を製法で特定した形式の請求項をプロダクト・バイ・プロセス・クレームといい、その技術的範囲の解釈には、諸説ある。
方法に限定されるか、否かが問題。
通説的な立場は・・被疑侵害品とクレーム記載の物とが物として同一である場合には、被疑侵害品は技術的範囲に属する(物同一説)プラバスタチンNa事件(最高裁判決平成24年(受)第1204号 特許権侵害差止請求事件 平成27年6月5日 第二小法廷判決)
プラバスタチンNa事件
プラバスタチンNa事件特許第3737801号のクレーム
次の段階:a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そしてe)プラバスタチンナトリウム単離すること,を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。
クレーム解釈の理論(6)作用効果不奏功の抗弁
侵害品が特許明細書に記載された作用効果を奏しない場合、特許発明の技術的範囲に属しないとする。
クレーム解釈の理論(7)均等論
特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合、クレーム解釈の原則によれば、技術的範囲に属しないとするが、その異なる部分が、一定の条件を満たすとき、均等であるとして、当該対象製品が特許発明の技術的範囲に属するとするもの。
均等論を認める理由
特許出願の際に、将来のあらゆる侵害形態を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明かとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となる
均等の5要件最判平10・2・24「ボールスプライン事件」
(前提条件)請求範囲の構成中に対象製品と異なる部分が存するが、それ以外の構成は同一
①非本質的部分
相違点が特許発明の本質的部分ではない
②置換可能性(同一作用効果)
相違点を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏する
③置換容易性(侵害時)
上記のように置き換えることに、当業者が対象製品等の製造時において容易に想到できる
④非容易推考性(抗弁事由)
対象製品等が、特許出願時の公知技術と同一又はこれから当業者が容易に推考できたものでない
⑤意識的除外等の特段の事情 (抗弁事由)
対象製品等が、特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものにあたる等の特段の事情もないこと
(1) 非本質的部分
請求項記載の構成と対象製品との異なる部分(両者の差異)が本質的部分でない
課題の解決原理と同一の原理を採用していること(特許発明と対象物件の解決原理が本質的に同一)
第2要件(作用効果が同一)を別の角度で表現したとも言える
本質的部分に関する判例徐放性ジクロフェナクナトリウム製剤事件・東京地裁平8(ワ)14828号
特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分
右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分
本質的部分の判断手法
特許発明を先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定
対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか否か
本質的部分に関する判例注射液の調製方法及び注射装置事件 H11.5.27 大阪地裁平8(ワ)12220
特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の作用効果を生じるための部分
換言すれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいう
本質的部分の判断手法(判例のまとめ)
先行技術との対比の上で、特許発明の特徴的原理を確定
当該発明特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分か否か
その部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該発明の技術思想とは別個のものと評価されるような部分か
特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分か
特許発明の実質的価値を具現する構成か
出願手続きの過程で出願人自身が自ら発明の特徴的部分を限定していないか
発明の特徴として「本発明は、要は・・・である」という形で表現できるものは何か
通常採用されない条件での作用効果を主張して本質的部分であるとすることはできない
(2) 置換可能性
相違点を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏する
特許発明の実質的価値は第3者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第3者はこれを予期すべきものと解するのが相当(最高裁判決)
(3) 置換容易性
★筋組織状コンニャクの製造方法及び製造装置事件 H14. 4.16 大阪地裁 平成12(ワ)6322
「構成要件Cにおける「外力を加えることなく接して一体化する」との構成は「接する」と記載されていたものであるが、上記構成は、同公開特許公報の〈問題点を解決するための手段〉の項(2頁左下欄18~20行)、〈作用〉の項(2頁右下欄12~15行)に記載されていた。
さらに、被告製造装置の「主孔間を0.2~0.5㎜幅のスリットで連結した多孔のノズル」の構成が特段の作用効果を奏するものではないことを併せ考えれば、被告製造装置の上記構成に置換することは、当業者が容易に想到することのできたものというべきである。」
※特段の作用効果がないという点は、容易想到性判断の基準となる。
(4) 非容易推考性
対象製品等が、特許発明の特許出願時において公知であった技術及び当業者がこれから右容易に推考することができたかどうか
容易推考しうる技術については、そもそも何人も特許を受けることができなかったはずのものであるから(特許法29条参照)特許発明の技術的範囲に属するものということができない(最高裁判決)
(5) 特段の事情
出願経過禁反言・意識的除外論
手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外した場合など、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないからである。
特段の事情に関する判例マキサカルシトール最高裁判決(最二判平成29年3月24日)
出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても,それだけでは,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。
出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。
https://gyazo.com/ed251822513d83c4204ebf845eddb3f4