学生の回答例
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回答例
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受講生の方から、前回の授業の後、下記のようなレポートが提出されました。とても良い回答ですので、これを参考に解説したいと思います。
学生Aの回答
一 事実の認定
1. 越後屋による特許の請求項は、
A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
C この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、
D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
E 餅。
という5つの構成要件に分説される。
2, 他方、対象物件たるS社の餅は、以下の構成を備える。
a 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である3枚ののし餅を
b 固まる前に重ねることで、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは2つの溝部が発生し
c この溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した溝部として、
d 焼き上げるに際して前記溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
e 餅。
二 対比
請求項Eのみが、文言上eと一致しているが、他の請求項につき文言上の差異があるため、検討する必要がある。特許発明の用語の解釈に当たっては、「明細書の記載を考慮する」(特許法70条1項)。
このうち、最も差異が大きい請求項はBを検討する。Bでは「溝部を設け」と記載されているが、bでは「2つの溝部が発生し」と記載されている。この差異は、bでは「固まる前に重ねる」という製造方法をとることに起因するものである。溝部の形成過程につき、Bにおいて「設け」という文言が使用されている以上、文言上の差異を認めることができる。また、本件特許発明が溝部について詳細に記載していることから、これを1つの切餅にあえて「設け」ることには重要性があると推認されるため、この製造過程に関する文言上の差異は捨象するべきではない。よって、本件対象物件には構成要件Bが備わっていないと評価される。すなわち、本件対象物件は、越前屋の特許発明に属していない。
以上より、S社の切り餅は、越前屋の特許を侵害することにはならない。
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対象物件の特定としてとても良く書けていますが、対象物件には、上面に十字の切り込み部があります。その点についても構成として特定しておくべきでしょう。
そこで、
上記にその点も加えて次のように特定してみましょう。
対象物件は、
a 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である3枚ののし餅を
b 固まる前に重ねることで、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは2つの溝部が発生し、さらに、平坦な上面に、長辺と短辺それぞれの中央を横断して互いに交差し十字を形成する切り込み部を設けてあり、
c 前記溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した溝部として、
d 焼き上げるに際して前記溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
e 餅。
cとdについては、特許請求の範囲と同じ文言で特定していますが、それでは、対比したとき「同一」となるのは当然ですね。
ですので、対象物件を特定するときは、特許発明の特定とは異なる文言で特定し、その上で対比します。
例えば、
c 前記溝部は、3枚ののし餅を固まる前に重ねたことで密着し、その積層部分が固まった後も剥離しやすいライン溝を構成しており、
d 焼き上げるに際し、ライン溝を境に、膨化変形する
e 餅
と特定してみましょう。
https://gyazo.com/c512091dbcf0f2d75c55fa366b2d3aba
対比では、逐一、特許発明の構成要件と、対象物件の構成を比較して、その同一性を判断します。
A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
に対し、対象物件では、
a 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である3枚ののし餅を
という構成を有しています。
B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
に対し、対象物件では、
b 固まる前に重ねることで、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは2つの溝部が発生し、さらに、平坦な上面に、長辺と短辺それぞれの中央を横断して互いに交差し十字を形成する切り込み部を設けてあり、
という構成を有しています。
まず、3枚ののし餅を重ねることで形成した側周表面に積層ライン溝は、特許発明の、溝部と同じものと言えるでしょうか?
上記回答者は異なるものと結論づけていますね。さて皆さんはどう考えますか? 餅を重ねた境界線は、溝と言えるのかが問題ですね。物理的には溝とは言えないように思えますし、重ねてみたときの外観は溝があるようにも見えるのはないでしょうか。
本問では、実際の事件と異なり、3枚ののし餅を重ねることで、側周表面に積層ライン溝を形成してありますが、上面に十字の切り込み部18を設けてあるのは、実際の事件と同じです。
実際の事件では、
B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
という特許発明の構成要件につき
「載置底面又は平坦上面ではなく」という文言が、載置底面又は平坦上面には溝部を設けないということを意味するのか、側周表面に設けることを強調するためなのか、が争点となりました。その解釈については、請求項の文言だけでは不可能なので、明細書の記載を参酌して解釈することになります。地裁の判決では、上面には切り溝が設けていない発明だとしたのですが、高裁ではそうではなく、切り溝があっても良い発明とした。
C この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、
に対し、対象物件では、
c 前記溝部は、3枚ののし餅を固まる前に重ねたことで密着し、その積層部分が固まった後も剥離しやすいライン溝を構成しており、
という構成を有しています。
さて、このライン溝はどのように評価されるでしょう。
D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
に対し、対象物件では、
d 焼き上げるに際し、ライン溝を境に、膨化変形する
という構成を有しています。
Dの構成要件をdは満たしているでしょうか?
E 餅。
対象物件も餅ですね。その点同一ですね。
学生Bの回答
回答内容
1. S社の切り餅は、(株)越前屋の特許権を侵害すると考える。以下、詳述する。
2. 権原なき第三者の侵害行為が特許権侵害として認められる要件は、①業として物の製造等を実施していること及び②特許発明技術的範囲に属することである。
(1) 要件①について
S社は、(株)越前屋の出願が公表された後に、(株)越前屋の発明に似た製品の製造販売を開始している。したがって、要件①を充足する。
(2) 要件②について
ア 特許請求の範囲に記載されている発明の構成要件は、以下、(a)ないし(e)に該当する場合である。これらの要件をすべて充足する場合、特許発明技術的範囲に属すると評価する。
(a)焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の、
(b)載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
(c)この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、
(d)焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする
(e)餅であること
イ S社の切り餅が上記(a)ないし(e)5つの要件を充たすかの検討
(ア) S社の切り餅は、3枚ののし餅を固まる前に重ねると、3層の餅が出来上がる。S社の餅も(株)越前屋と同様に「輪郭形状が方形の小片餅体である切り餅」である。したがって、要件の(a)及び(e)を充足する。
(イ) 3枚ののし餅を固める前に3層に重ね、所定の大きさに切ると、重なった境界が積層ライン溝となる。この積層ラインが製造方法が違ったとしても、(株)越前屋の餅と酷似する。そのため、(b)、(c)及び(d)を充足する。
(ウ) したがって、(a)ないし(e)の要件を充足することから、S社の切り餅は、(株)越前屋の特許発明技術的範囲に属すると評価することができる。
3. 以上より、S社の切り餅は、製造方法こそ違うが、その実態は、(株)越前屋の特許発明技術的範囲に属するものであって、既に業として実施をしている。よって、S社の切り餅は、(株)越前屋の特許権を侵害すると考える。