コモンズとしての空き教室
現状提案されている各botなどの仕組みがここで述べる「ほどよい占有」を妨げるという認識は無いが、このコンセプトについて気にしている人がいなさそうだったので、自分の考えていることを共有してみることにした
参考資料「都市のコモンズ その起源と現在 -都市コモンズを支える「コモンズ化(commoning)」-」
ここで言うコモンズとは
「コモンズの悲劇」に出てくる伝統的コモンズ(オープンアクセスの天然資源)の拡張であるニューコモンズのひとつの、「都市のコモンズ」に近い。
「公共財」を「コモンズ」に変えていく社会的実践がコモンズ化(参考資料 p8)
ハーヴェイは、コモンズについて、 とりわけ都市のコモンズを念頭におきつつ、「コモンズ は、特殊な種類の物や資産、あるいは社会過程としてさえ解釈されるべきではない。それはむしろ、不安定で可変的な一つの社会関係」とする。そして、その社会関係の一方の項には、自己規定する特定の社会的グループがいて、そのコミットするモノ、施設、空間等がそのグルー プの生存や動向に重要と目される場合、それを「自分たちのもの」としての共同的なもの(コモン)へ変えてゆこうという努力がなされる。それが、「コモンズ化する」(commoning) という社会的実践ということになる (Harvey,ibid,p.73)。
「コモンズ化」は「公共財」を「コモンズ」に変える。
「コモンズ化」の実践が滞ると「形骸化」が起こる可逆な過程である。(参考資料 p10)
https://gyazo.com/8d1ff19ef5d7f438f0407452d13aebf3
コモンズは公共財の良い「占有」を支持する
コモンズ化(commning)はコミュニティにとって利益があれば、公共財の占有を肯定することがある。
シアトル市ID地区の事例(参考資料 p9)
ここで、シアトル市(米国ワシントン州)の事例を見 ておきたい。中心街の一角にある人口約 6000 人のアジ ア人街(「インターナショナル地区」= ID 地区)は、高 齢者が多く住み、またアジア系の零細家族経営食堂や商 店から混成された地区である。2000 年にそこにファー ストフードのマクドナルドが進出することとなった。マクドナルドは、アジアにも出店していることを強調したが、地区の人達は「このままでは、アジア文化を大切にしてきた ID 地区の文化が壊れてしまう」という危機感を抱き、活動家だけでなく一般の人達が書簡運動、や他のマクドナルド店舗の前での抗議活動など反対運動を展開した。特に、活動家たちが立ち上げたアドボカシー NPO「インテリム」(Inter*Im)が、地区の各種の団体の連携とネットワーク化をすすめ(下記)、地区をとりまとめるかたちで、この反対運動を健全な形で成功裡に導いた。
(中略)
最終的に、マクドナルドが撤退することとなったのだが、このことは、「アジア系の歴史文化を守りたい我々(イ ンターナショナル地区の住民)にとって、勝利だった」と、 同地区で生まれかつ地区活動家であるダウ・チンは述べ ている(Chin 2001)。
あくまで合法的に出店しようとしたマクドナルドを社会運動を組織して排除したのは、「アジア文化」がこの地区を「占有」していることを文化的に価値があることとして、コミュニティが「占有」を積極的に支持した事例と言えなくもない。
転じて、空き教室はどのように利用できるとよいか
空き地のメタファーで考えている
空き教室はじゅうぶんに多くの数があること
数がじゅうぶんでないと、後述の「占有」が単純に迷惑行為になってしまうから
100個くらいほしい
空き教室の名前は固定されていること
「コモンズ化」する対象の公共財がいつも同じ場所に存在している必要がある
「綾瀬」「サンフランシスコ」など固有名詞の借用がわかりやすいかもしれない
この「綾瀬」は単なる識別子で、「綾瀬」チャンネルで綾瀬の話をしないといけないわけではない
もちろんしてもいい
ある部分集団による空き教室の占有を許すこと
占有はコミュニティによって有益かどうかによってコミュニティにその継続が支持または拒否される
例: 「サンフランシスコ」チャンネルでは数学が得意なAがいつも数学の話をしているから数学について聞きたくなったらここに書き込も。他の話は投げんとこ。でもAはラーメンも好きだからラーメンの話もしちゃお
例: 「綾瀬」チャンネルでSという奴がナワバリ主張してるけど言ってることつまらんから関係ない画像めっちゃ投げたろ
占有によって話題の継続性が緩く担保される
例: 「日暮里」ではだいたいいつも電子工作の話してて、昨日は秋葉原で売ってた謎の部品の話してたけど、今日見たら2人くらいしか反応してないから今日もこの話しちゃお
占有は一定期間続くがいつ終わったのかははっきりとはわからない
メモ
gsの実践はdiscordによって与えられたインフラストラクチャ(所与の公共財)の上に(botなどのハックによって)薄いインフラストラクチャ(自作の公共財)を築き、さらにそれらをコモンズ化するという二層構造の実践に見える
botによる仕組み化は「公共財」の一部(自作の公共財)
よーするにbotで仕組み化するだけだとインフラをつくったのに等しくてコモンズとして機能しないってことが言いたい
日本の商店街とかでも良い「占有」の事例あった気がする
行政にロビイングして堂々と本来違法な建築をつくった話とか
この場合「占有」しているのは本来公平である「法」という空間(?)
占有の主体はある自然人であるかコミュニティそのものであるかは問わない
例えば、ある自然人がある公共財を占有していることがコミュニティにとって有益でコミュニティからの支持が得られている場合、その占有はコミュニティそのものによる占有と等価と見做せる