振り返りにおいて抽象的概念化をしっかりやろうとするなら、まずはそれに逆行する形で徹底的に、自分だけの具体論という具体を削り出す作業が必要になる
この事例は、他者と一緒に学びを削り出していく過程でしたが、本来はこれを一人の頭の中で行う必要があります。
たとえば、書籍を読んだ後など、私は実際に一人でこの削り出し作業を行います。
そのステップを整理してみましょう。
STEP 1 素直に感じたこと(=感想)をアウトプットしてみる
まずは、感じたことをそのまま吐き出してみます。
ここではどれだけアバウトな言葉であっても構いません。
刺激を受けたことを言葉に落とし込んでみましょう。
STEP 2 「それっぽい」一般論がないかチェックする
そのアウトプットの中に、どこかで聞いたことのあるような「それっぽい一般論」はないか、確認しましょう。
「努力が大事」とか「自己開示が必要」など、誰でも語ることのできる言葉です。
「それっぽい」一般論はたいして、既知のものであるため差分にはなりません。
何よりも「学んだつもり」にさせてしまう危険性の高い言葉なので、しっかり認識しましょう。
STEP 3 「自分だけの具体論」に変換する
「それっぽい」一般論を軸足に定めながら、それは「自分にとって」何が新しい発見だったのか、ということを突き詰めていきましょう。
他の人が絶対語れないこと、昨日の自分でも語れないこと、つまり先ほどの経験を経て、今この瞬間の自分だけしか語れない具体論は何か、ということを考えるのです。
この「自分だけの具体論」というのは、いろいろな前提条件がついた形となり、それほどキャッチーでもなく、無骨な言葉になるはずです。
でもそれでいいのです。
それこそが、経験から抽出される学びの本質なのです。
振り返りの手法として《STEP 2 「それっぽい」一般論がないかチェックする》が新しく、かつ、効果的だなと感じた。
振り返り、言い換えると、経験学習の効果性を高めようとするときに、抽象的概念化というステップが厄介だなと感じている。
抽象的に概念化された何かを引き出さないといけない、という脅迫観念につながる。
そうするとひねり出されるマイセオリーは、どうしても一般論に成り下がってしまう。
でも、本当に、というか、「まず最初に」大切なのは、抽象化の逆の具体化なんだ。
とにかく徹底的に一般論(抽象)を排除して、具体論それも《自分だけの具体論》を削り出す。
《自分だけの具体論》は、抽象を排除しているから《いろいろな前提条件》がこびりついたままだし、一般論すなわち他者の目を排除しているから《キャッチーでもなく、無骨な言葉》に留まる。
マイセオリーのうち、アクセントが置かれるのは、セオリーの方ではなく、マイの方ということなんだ。
記録することで解像度の高い経験(=経験学習におけるインプット)が得られるというメカニズムは、まず徹底的に具体に寄せることにつながっている。
P.92(脚注)
P.101
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