『今はちょっと、ついてないだけ|伊吹有喜』
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写真を撮る撮らないのやりとり #2026/03/26
浩樹と巻島の出会いから終焉までの回想 #2026/03/27
うなだれていた人の心に火が灯る瞬間というのは、これくらいのためらいが混じった、弱々しい前向きさとともにあると思う。
だから僕には、この言葉がすごく力強く聞こえた。 #2026/03/28
「御殿は難しいかもしれないけど、まあ、やってみる」
宮川と真理恵と菜々子の、各人の正しさがぶつかりあう。 #2026/03/31
と同時に、各人の言えないことが引っ込みあう。
どこの糸をほぐすといいのか、どこの糸をつなげばいいのか、と思案しながら読んでしまうが、「どこの糸」という単一点をどうこうすればうまくいくものでもないのだろうな。
宮川が立花に背負われて通りを進む。 #2026/04/01
宮川の「言えなさ」
ちゃんと言える、ということが、健全さのひとつのバロメーターなんだろうなと感じる
寛子が前を向くまで。 #2026/04/11
どう働けばいいのかまだ思いつかない。だけどもう少しこの街で頑張ってみようか
婚活、帰郷、転職
若者や、初職など、まだ何者でもないという悩みであったり、未知であるという悩みとは違って、経験を通して知ってしまって、かつ、次元の違う選択肢が折り重なってくるという身動きの取れなさ。
佐山智美の章 #2026/04/13
岡野の撮影 #2026/04/23
立花が過去の話しばかりされることに辟易とする
読了 #2026/04/30
すごくよかった
今はちょっと、ついてないだけ (光文社文庫)
https://amazon.com/dp/B08JTX5XNM
Highlights & Notes
幼い頃、母が言っていた。朝焼けを眺めてから眠るのが好きだと。  今から四十年以上前のことだ。  あの当時、母は明け方まで夜の街で働き、昼は毛筆で賞状や宛名書きの内職をしていた。そのせいだろうか。母の姿が心に浮かぶと、やさしい墨の香りを思い出す――。
それなのに三ヶ月近くたった今、気が付くと酒を持ってこの部屋に来てしまう。そしてタチバナが撮った母の笑顔と、息子である自分の横顔を見てしまう。  あのとき母に何を言ったのだろう。母はどんな言葉に対して、こんなにやさしく微笑んでいたのだろう。
新宿のホテルに移動したら、酒の量が増えた。そのうち手持ちの金が尽きてきて、何をしているのかと我に返った。  そうかといって、何をしたらいいのかわからない。仕事を探すにせよ、どこも不景気なのは同じだ。四十代半ばの男を採用してくれるところがあるとも思えず、それを体感するのが怖くて動けない。
宮川は笑う。あの時、自分は母にあやまったのだった。唐突に一言、ただ「ごめん」と。  立花に暴言を吐いたことを。見舞いに来なかったことを。世田谷の家に呼び寄せず、施設に送り出すことを。この町を捨てたことを。生まれと育ちを恥じていたことを。妻子を連れて会いに来ることもせず、忙しさにまぎれて忘れてさえいたことを。  あやまる理由を口にするのが辛く、そうかといって黙っていられず、言い訳をするにも抵抗があり、落ちた膝かけを拾って、母の手に触れたら、たった一言、絞り出すように「ごめん」という言葉が口をついて出た。
「酒をやめたらどうですか」 「やめたらさ、怖いじゃん。俺ね、会社やめたんですよ。でもさ、次、どうしたらいいんすかね。何がしたいかって思ったら、ああ……俺、ネイチャリング・シリーズのファンだったんだよ」
『ケアと編集|白石正明』 P.120の自己治療仮説
「学生のとき、あんたの番組を見て、俺も作ってみたいな、ドキュメンタリーって思って。もっと硬派の、バリッと、こう……海外の貧困とか戦争とか? そういう人道派ドキュメンタリーなやつ。格好いいじゃん。でも気が付いたら、違うところに行ってた、エロとお笑い。いいんだけどさ、面白かったから」
「面白かった……だから、いいんだよ。でも、俺、これから何をしたらいいんだろうね」
「俺、あんたがうらやましい。ちゃんと母親にしっかり向き合って。何にも束縛されてなくて、うらやましい。あんたの番組、俺、どれもワクワクしながら見たよ。カヌー漕いだり、たき火をしたり、どれもむちゃくちゃに格好良かった」 「格好良く撮ってくれたんですよ」 「いや、違う。あんた、たたずまいがいいんだ。ただ自然のなかに立っているだけでサマになってた。写真を撮っている姿が途方もなく自由で愉しそうでさ」
ほんと、どうしたらいいんだろ……。
使った化粧品をポーチにおさめ、寛子はバッグを肩にかけて玄関に向かった。  あの、と再び声をかけられて振り返ると、佐山が深々と頭を下げている。 「ありがとうございます」  軽く頭を下げて寛子は玄関を出る。駅へと歩いていきながら、何か言えばよかったと思った。  お綺麗ですよ。頑張ってください。  そんな一言をかけたら、あの人は気持ちよく撮影にのぞめただろう。あとから考えればこうして言葉は浮かぶのに、いつもとっさに出ない。化粧品の説明やメイクについてならいくらでも話はできるのに。
どう働けばいいのかまだ思いつかない。だけどもう少しこの街で頑張ってみようか。
立花がフォトブックを手にして、ページをめくった。 「このほかにも運動会や結婚記念日のパーティとか……還暦のお祝いやお子さんがらみのイベント……家庭でイベントがあったとき、家族が撮影すると、撮ってるその人の姿って写真のなかに入らないだろ?」  たしかに、と岡野はうなずく。妻との間には八歳の娘と五歳の息子がいるが、妻子の写真はあっても、一家四人で写っている写真は案外少ない。  それで、と立花が口ごもった。 「三十分でも一時間でもカメラマンが入ることで、家族全員のいろいろな記念写真が撮れて、それから……さらに別料金でヘアメイク……あれ?」
「家庭を持ちたいとも、安定した暮らしをしたいとも、僕はそれほど望んだことがなかったんです。だから何もなくていい。これでいいんだ。そう思いました。それがわかったとき、こうして写真の仕事に戻れて嬉しいと思った。……僕は宮川さんにこれまできちんとお礼を言ったことがない。今まで、ありがとうございました」
「見たことがない景色は日常のなかにもある。それを記録して伝える喜びを、僕はこの一年かけて知りました。誰かと出会って話をして、そこから何かが生まれて。それを記録して、また誰かに伝える。そういう仕事をこれからも続けていきたい。僕と組んでくれませんか」
「リストラされて、女房に愛想尽かされて、日銭稼いで暮らしているのに、何だろうね、ワクワクしている。学校帰りに秘密基地に集まって、何か作ろうぜって言ってる気分」
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#2026/04/01
https://www.amazon.co.jp/dp/4334777465/
伊吹有喜
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