出願経過の参酌
出願経過は、技術的範囲に属するという規範的要件を排斥する評価障害事実として機能する(高部眞規子・実務詳説・特許関係訴訟第3版 p167)。よって、上記したように、意識的限定論、禁反言などに用いられる。
高林 龍 標準特許法:有斐閣 では、出願経過につき以下のように説明している。
「発明の詳細な説明を参照する場合と同様に、あくまで解釈の対象は特許請求の範囲であって、出願経過はそのための一資料にすぎないから、出願経過を参照することによって、特許請求の範囲に記載されていないものを技術的範囲に取り込むような拡大解釈をすることは許されない。」
また、出願経過を参照して、特許請求の範囲に記載された文言の意味を解釈するにとどまらず、特許請求の範囲には全く記載されていない要件を付加して特許発明の技術的範囲を限定解釈する手法も広く採用されている(たとえば、名古屋地判昭63・5・27判タ682・219〈光電式緯糸探知装置事件〉参照)。結論は賛成できるが、このような手法は、特許発明の技術的範囲の解釈論すなわち特許請求の範囲の記載の文言解釈論というよりは、個別的具体的状況下における権利濫用・信義則といった一般法理を「禁反言」として適用した場面というべきであろう。」
出願経過の参酌に言及した判例
1)大阪地裁 平成10年(ワ)第12899号 平成13年10月9日判決
「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲
によって定めなければならず、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈する
に当たっては、明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮するもの
とされている(特許法70条1項、2項)。また、明細書の特許請求の範囲以外の
部分及び図面を考慮してもなお特許請求の範囲に記載された用語の意義が多義的で
あり、あるいは不明確な場合には、その解釈に当たり、出願経過において出願人が
示した認識や意見を参酌することも許されるものというべきである。
さらに進んで、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意
識的に除外するなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属し
ないことを明示的に承諾した場合のほか、出願経過中の手続補正書や意見書、特許
異議答弁書等において、特許庁審査官の拒絶理由又は特許異議申立の理由に対応し
て特許請求の範囲記載の意義を限定する陳述を行い、それが特許庁審査官ないし審
判官に受け入れられた結果、これらの拒絶理由又は異議理由が解消し、特許をすべ
き旨の査定ないしと特許を維持すべき旨の決定がされたような場合には、その特許
権に基づく侵害訴訟において、特許権者が前記陳述と矛盾する主張をすることは、
一般原則としての信義誠実の原則ないしは禁反言の原則に照らして許されないと解
するのが相当である。
なぜなら、出願経過における手続補正書や意見書、特許異議答弁書等
の出願書類(包袋)は、何人も閲覧又は謄本の交付を請求することができる(特許
法186条)のであり、出願人の前記のような行動や陳述は、一般第三者において、
特許請求の範囲が限定されたものと理解するのが通常であり、第三者のこのよ
うな理解に基づく信頼は保護すべきものと解されるからである。」
2)分割の原出願の出願経過を参酌できるかについて言及した判例
京都地裁 平成8年(ワ)第1597号
「 一般に特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範
囲の記載に基いて定めるべきものであるが(特許法七〇条一項)、当該発明の出願
経過(審決取消訴訟を含む。)において、出願人が、当該発明が公知技術と抵触す
ると判断されることを避ける目的で当該発明の技術的範囲の解釈について限定的な
陳述をし、それが特許庁や審決取消訴訟を担当する裁判所に容れられて、その結果
特許権の設定登録に至った場合において、その後の侵害訴訟で、当該発明の技術的
範囲が右限定的に主張したより広範なものであると主張することは、禁反言の原則
に反し許されない(包袋禁反言の原則)と解される。
分割出願にかかる発明と分割後の原出願の発明は、別個独立のものであ
るから、右と同様に、分割出願にかかる発明の技術的範囲を確定するのに原出願の
発明の出願経過を参酌するのは原則として相当でない(原出願の発明の出願経過に
おいて述べられたことは、分割出願にかかる発明に関して述べられたものとはいえ
ない。)。ただ、分割出願にかかる特許権の成立が原出願と密接な関係にある場合
において、分割出願の際に既にもととなった原出願の願書に添付された明細書又は
図面の意味内容が原出願の出願経過の参酌により明らかになるような例外的な場合
(この場合は、分割前の原出願の明細書の意味内容が確定されることにより、右明
細書に記載されている分割出願にかかる発明の意味内容も分割出願の時に明らかに
なっていると評価することができる。)に限り、原出願にかかる発明の出願経過を
参酌することができるというべきである。」
3)出願経過を参酌して、均等の第5要件を判断した事例
知財高裁 平成27年(ネ)第10127号 平成28年4月27日判決 損害賠償請求控訴事件
「上記事実に鑑みれば,控訴人において,「該数量に基づく計算」が,被告方法の
ように「Web-POSサーバ・システム」で行われる構成については,本件特許
発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解され
るような行動をとったものと評価することができる。
したがって,均等の第5要件の成立は,これを認めることができない。」
4)東京高裁 平成29年(ネ)第10009号 平成29年7月12日判決 特許権侵害差止請求控訴事件
「本件発明1の構成要件1C(オキサリプラティヌムの水溶液からなり)
が,オキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であることを意味するの
か,オキサリプラティヌムと水からなる水溶液であれば足り,他の添加剤等
の成分が含まれる場合をも包含するのかについては,特許請求の範囲の記載
自体からは,いずれの解釈も可能である。そこで,この点については,本件
明細書1の記載及び本件特許1の出願経過を参酌して判断することとする。」
(判決文25頁)