【数学】葵「カオスってなんなんですか?」 補足・あとがき
動画【数学】葵「カオスってなんなんですか?」を視聴していただきありがとうございました。
このページでは時間やエンタメ性の都合上動画ではカット・単純化してしまった情報の補足と編集に関するあとがきを載せています。編集が終わった喜びと勢いに任せて書いたので、特に推敲はしていません。間違いがあったり、読みにくかったりしたらすいません。 動画内容の補足
力学系とは
定義について話していなかったので軽くお話します。
定義(力学系)
力学系とは可換モノイド$ Tと集合$ X、$ Tによる$ Xへの作用$ f:T\times X\to Xの組$ (T, X, f)である。
イメージ的には$ Tは時間の集合、$ Xは空間、$ fが物体の動き方を表しています。
例えば、常微分方程式に対しては$ T=\mathbb R、$ f(t, x)が$ t=0における初期値が$ xのときの所望の方程式の解となります。漸化式なら$ T=\mathbb N\ (\text{もしくは}\mathbb Z)、$ f(t, x) = f^t(x)です。
ただ今回の動画では写像$ f:X\to Xから定まる漸化式$ x_{n+1} = f(x_n)のみを扱っているので$ (X, f)もしくは$ fを力学系として扱っています。また、力学系では "付近" の点が時間経過とともにどのよう振舞うかが興味の対象なので、点の遠近を捉えるために集合$ Xには位相構造を入れる場合がほとんどです。動画では一般向けに話しているのもあってその辺をボヤかしていますが。
周期点の周期について
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動画 9:45 付近 のスクリーンショット
周期点の定義について、一つ注意点があります。
画面中央やや下に小さく「上の等式を満たす正整数$ nを$ x_0の周期といいます」とありますが、これは一般的な定義ではありません。この定義だと関数$ f(x)=0において周期点$ 0は周期$ 1でもあり$ 2でもあり$ 3でもあることになってしまいます。そこで、普通は周期が一意的に定まるように$ f^n(x_0)=x_0を満たす 最小の正整数を周期として定義する場合が多いです。
あるいは$ f^n(x_0)=x_0を満たす最小の正整数のことを素周期と呼んで区別することもあります (このページでは以後そうします)。
今回この定義を採用しなかったのは倍角変換の素周期$ nの周期点の数を求めるときに計算が煩雑になってしまうためです。例えば素周期$ 6の周期点を数えるときには素周期が$ 1, 2, 3のものを除外しなければいけません(一般に$ nを$ mが割り切るとき、素周期$ mの周期点は周期$ nの周期点でもあります)。ただ、Devaney のカオスで重要なのは全ての周期点がどれぐらいあるかということであり、各周期の周期点の個数は重要ではないためこのような説明をしました。
Devaney's Chaos の定義
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動画 7:24 付近 のスクリーンショット
動画内で紹介した Devaney's カオスの定義について、動画ではなるべく容易に伝わるように言い換えをしていたのでここで改めて正確な定義を述べておきます。
定義(Devaney's カオス)
$ Iを距離空間とする。関数$ f:I\to Iが次の条件をすべて満たすとき関数$ fはカオス的であるという。
$ fは初期条件に鋭敏に依存する
$ fは位相的に推移的である
$ fの周期点全体$ \mathrm{Per}(f)は$ Iにおいて稠密
定義(初期値鋭敏性)
$ f:I\to Iを距離空間$ (I, d)上の関数とする。次を満たす正の実数$ \delta > 0が存在するとき$ fは初期条件に鋭敏に依存するという。
任意の点$ x\in Iと$ xの任意の開近傍$ U\sub Iに対し$ y\in Uと$ n\in\mathbf{Z}_{>0}が存在して$ d(f^n(x), f^n(y)) > \delta
定義(位相的推移性)
$ Iを位相空間、$ f:I\to Iを写像とする。任意の開集合の組$ U, V\sub Iに対して$ f^n(U)\cap V\neq \emptyを満たす正整数$ n > 0が存在するとき$ fは位相的に推移的であるという。
定義(周期点全体)
$ Xを集合とし$ f:X\to Xを写像とする。集合$ \mathrm{Per}(f)を
$ \mathrm{Per}(f) = \{x\in X\mid \exist n\in \mathbf Z_{>0}\hspace{1em} \text{s.t.}\hspace{1em} f^n(x)= x\}
によって定める。
共役な力学系
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動画 16:14 付近 のスクリーンショット
動画では倍角変換$ f:S^1\to S^1に適当な変形を施して区間$ I = \lbrack0, 1)上の関数$ g(x) = 10x \mod 1に帰着させました ($ \mathrm{mod}\ 1はここでは、 1 で割った余りを$ \lbrack0, 1)内の数で返す関数として使用しています) 。
ここで疑問を生じた方もいたかと思います。
「むやみやたらに変形したら色々変わってしまって意味がないんじゃないか?」
この疑問に答えるのが力学系の共役関係です。
定義(位相的共役)
$ X, Yを位相空間とし、$ f:X\to Xと$ g:Y\to Yを写像とする。このときある同相写像$ h:X\to Yが存在して$ h\circ f = g\circ hを満たすとき$ fと$ gは位相的共役であるという。また同相写像$ hを位相的共役写像という。
上の定義を可換図式で表現すると次のようになります。
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$ f:X\to Xと$ g:Y\to Yが位相的共役であるとき、この二つの写像による力学系は同じものとみなせることが出来ます。例えば$ x\in Xが$ fの周期$ nの周期点のとき
$ g^n(h(x)) = (h\circ f\circ h^{-1})\circ(h\circ f\circ h^{-1})\circ\cdots\circ (h\circ f\circ h^{-1})(h(x)) =h(f^n(x)) = h(x)
となるので$ h(x)は$ gの周期$ nの周期点となります。このように位相的共役である二つの写像では力学系的な特徴である周期点の構造が一致します。どうように$ fが初期条件に対し鋭敏に依存するなら$ gもそうですし、$ fが位相的に推移的であるなら$ gもそうなります。ゆえに$ fがカオス的なら$ gもカオス的になります。
よって、倍角変換$ f:S^1\to S^1と$ g:I\to Iが位相的共役なら動画内の適当な変形にも筋が通ると思います。
ところが、$ fと$ gは位相的共役ではありません (オイ)。例えば$ fの不動点 (素周期$ 1の点) は$ 0\in S^1しかありませんが$ gは$ 0.00\cdots,\ 0.111\cdots,\ 0.222\cdots,\ \dots\ ,0.888\cdotsの九つの不動点を持ってしまいます。
しかし例えば$ g'(x) = 2x\mod 1とすると$ fと$ g'は位相的共役になりますし、$ f':S^1\to S^1が角度を10倍にする変換なら$ f'と$ gは位相的共役になります。それに$ fと$ f'、$ gと$ g'がカオスになる本質は同じです (小さい差を広げて大きな差を潰す) 。なので$ fと$ gは位相的共役ではないですが、ほぼ同じものとみなしてもいいんじゃないでしょうか (すいません) 。
言い訳をすると$ fか$ gのどちらかを$ f'もしくは$ g'にしてもよかったのですが、一般受けが悪いと思い、こんな感じになってしまいました。角度を2倍にする方が10倍するより Devaney's カオスの証明が分かりやすくて驚きも大きいし、区間上で10倍して10進法の数を左にシフトする方が2倍して2進法の数を左にシフトするより分かりやすいと思うんですよね......
というか$ fと$ gが同じものとみなせるような位相的共役よりも緩い同型 (圏論における圏同値みたいな) はないんですかね。あったらとても嬉しかったんですけどね (位相同値 ? ) 。
あとがき
前回の動画から半年、前回にあたる力学系の動画からは1年以上も経ってしまいました。いやはや、もう少し投稿頻度を上げたいモノですが、私生活的にも編集の作業量的にも厳しいのが現状です。私生活の方面で言うと実は自由に使える時間自体は10月に入ってから増えました。というのも、大学の授業の数が減ってきて今は週3で大学に行けば良いという状況です。ただ、お気づきの方もいるかもしれませんが私はいわゆる「多趣味」というやつでして、曲を作ったり料理を作ったり、プログラム (例えば、文字の後ろを塗りつぶすのに自作のスクリプトを組んでいます) を書いてみたり、もちろん数学も自主ゼミに参加したりと、動画編集以外にもやりたい事が山積みになっています 。なので時間が増えてもなかなか編集に注意が向かないという状況です。また、編集の作業量的にも常に動画作成に取り組んでいたとしても3ヶ月に1本が限界かな〜という所感です。大まかな台本作り〜音声の書き出しで1ヶ月、板書の作成と立ち絵で1ヶ月、その他仕上げやらサムネ作りやら、モチベ回復や次の動画の構想を練るなどの充電期間で早くても1ヶ月みたいな感じです。
編集について
せっかく編集の話が出てきたので、どんな段取りで編集をしているか、自己整理も兼ねて紹介しようと思います。
(0. 内容を考える)
まずはどんな話をするか構想を練ります。
イントロ
カオスとは何か
カオスの定義は無い
Devaney's カオス
カオスの例
まとめ
アウトロ
の7つから成っています。また、セクションごとに Aviutl のシーンを設け、そのシーン内で編集します (下図)。そしてこの7つのセクション各々に対し内容を考えます。例えば、カオスの例のセクションで話すシステムはどれにしようとか (今回は倍角変換でした)、カオスの定義が無いことの納得のいく説明はどうしようかなとかを考えてます。
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セクションごとにシーンが設定されている図
(1. 音声を書き出す)
話す内容が決まったらボイロが喋っている音声を書き出し、動画上に配置します。
脳内にゆかりさん、葵ちゃん、茜ちゃん、きりたんの魂を呼び起こして脳内で登場人物のイチャイチャをシミュレートします。そして、そのシミュレート結果を忠実に再現できるように調声します。
出来た wav ファイルは AviUtl に直置きします。以前までは音響エフェクトを掛けやすいように作曲ソフト上に配置して、書き出したものを AviUtl に置いてました。しかし、そもそもボイロの音声は聞き取りやすく、特殊なエフェクトを入れる場面も少ないなと思い止めました (二度手間ですし) 。
1動画あたりのセリフ数ですが、例えば21分ある今回の動画では約240セリフありました。作業期間は8月13日~8月26、10月3日~10月4日、だいたい2週間ですかね。こうして振り返ってみるとあまり作業期間は短いなと思いました。ただ、この音声の書き出し作業は一番集中力を使い、登場人物をシミュレートする必要があるので絶不調だとなにも出来なくなってしまいます (今回も9月はノータッチでした) 。なのでなるべく作業期間は短くしたいですね。今はキャラクターの音声は全てVOICEROID2 を使っているんですが、A.I. VOICE とかを使えばもう少し速くなるんですかね?
(2. 板書を作る)
立ち絵以外の画面の構成要素全てを作ります。セクション名に数式、茶番の演出 (e.g. クイズの正誤判定)などを作っていきます。効果音もこのタイミングでタイムライン上に配置します。キャラクターたちの会話では拾いきれなかった事や補足情報をなるべく補間できるようにします。
また、このときにキャラクター達の会話を再び聞くので、気になる点があったら修正します。
今回の作業期間は3週間ほど。週9時間ほど作業していたのでこれだけで27時間ほどかかってますね。これはもう少し作業量を減らしたいな..... マイナスは無限桁で表せる!【p進数】みたいにパワポを直接使ったり (この動画、編集量を減らす実験作でした。動画時間が長すぎて普段とあまり変わりませんでしたが) 、ぐにらちさんの動画琴葉姉妹が図式と追いかけっこするだけ【VOICEROID解説】みたいに板書動画の後付け実況みたいにすると良いのかな?何はともあれ、板書のコスパはこれからも追求していきたいですね。 (3. 立ち絵を動かす)
立ち絵の表情を動かします。それ以上でもそれ以下でもないです。この作業でもキャラクターの会話を聞くので、気になった点は修正します。また、板書も一通り見ることになるのでそこも修正点があったら修正します。
1キャラクター3分尺の表情を作るのに大体1時間かかります。今回の場合だと2キャラクターで21分の尺があるので14時間ぐらい作業してますね。立ち絵を凝ってるわけでもないので妥当って感じですね。ただ、板書を広く使いたかったり、雰囲気とか気分とかでそのうち立ち絵はなくなるかもしれません (うっすら考えてます) 。
(4. シーンをまとめる)
ここまでの作業はセクションごとに区切ったシーンで作業しているので、ルートシーンで各セクションシーンをまとめます。シーンから別のシーンへのトランジションを設定したり、BGMを配置したりします。
とまあ、普段はこんな流れで編集しています。こうしてみてみると、やっぱり音声の書き出しと板書の作成がボトルネックですね。実は友人に向けたとある数学の問題の解説動画を10月下旬に投稿しました。その動画は友人に向けたものというのもあり生声でテキトーに Good Note に板書を書いた、まあ大学の講義録画みたいなものでした。ただ、その動画は作るのに1時間もかからなかったので、どうにかボイロ動画と生声動画のいいとこどりをしたいものですね。
査読コミュニティについて
創作物、とくに何かを解説したり論じたりしたものには間違いがつきものです。私の作る動画も例外ではありません。上で述べた通り、編集時には少なくとも3回、時間を空けて動画を見直しているわけですが、声が聞き取りずらいことから致命的な事実誤認まで色々なミスが私の脳内チェックリストをすり抜けていきます。そこで、前々から解説動画投稿者同士 (ここに有志の視聴者が加わってもいいかもしれません) が投稿前の動画をチェックしあう "査読" コミュニティのようなものがあったらいいな~と考えています。やはり、作ったものの間違いは創作者本人よりも他人の方が気づき安いわけで、だから出版には編集者、論文には査読というシステムがあるわけです。とはいえ、自分一人でコミュニティを運営できる気がしないので今も妄想の域を脱していないわけですが... ツイッターで適当にエゴサして、このコミュニティ構想に賛同する人をチラホラみかけたら Twitter の DM 経由で数人程度 (いきなりツイートで公募して多くの方が入ったときに対処できる自信がない) で始めるかもしれません。
まあ、あとはそのコミュニティ内で "査読" 以外にも動画投稿者同士での交流をもっとできたらいいな~とかも考えてます。他の投稿者の方のバックグラウンドとか興味ありますし、普通に通話で数学の話をしたり聞いたりしてみたいですから (話についていけるかはともかく) 。あわよくば、数学系の投稿者で生放送とかもできたら面白いだろうなあと思ってます。まあ、生放送で何をするんだって感じではあるんですが。やるとしたら準同型定理証明 RTA ("準同型定理" の部分は任意の有名な補題・定理に置き換えてかまわない e.g. Poincaréの回帰定理、米田の補題、Lebegue の優収束定理、Galois 理論の基本定理 etc...) とかボイロ数学コロキウム (各々の専門分野に関する軽いセミナーみたいな) とか雑談とかになるんですかね?
とまあ、開くかどうかも分からないコミュニティに関する妄想でした。
今後の予定について
最後に今後の予定について軽く話したいと思います。
とりあえず次の動画は圏論の続きで関手についての動画にしようと思ってます。夏休み中にベーシック圏論のセミナーを行いまして、最近ようやく1章から6章まで全部読み終えました。なので1年前よりも解像度の高い解説ができるんじゃないかと思ってます (それとは別にベシ圏の次は何を読んだらいいんでしょうか?)。個人的にはさっさと自然変換まで定義してしまって、極限を紹介したいんですよね。特に極限と関手の相互作用について触れられれば、「直積・共通部分・逆像には構造入りがち」とか「1点集合は構造を持つ」みたいな "大学数学あるある" を圏論で説明できるんだぞー!という話ができて個人的には構造を入れてない圏論の中では、分かりやすく面白い話だと思ってます。ただ、 "大学数学あるある" を面白がるには少なくとも線形代数や位相空間論、あわよくば群・環・加群の知識があった方が (もちろん、これに加えて可測空間や順序集合、多様体なども知っていればより) 良いんですよね。まあそもそも圏論が『「数学理論」の理論』な時点で明らかなことではありますが... 圏論で数学の"あたりまえ"を知ろう!を作ったときはなるべく色々な人に届けたいと思って集合論の基礎だけ仮定、線形代数や位相空間論の知識は無くても OK みたいにしちゃったのでどうしようかなという感じです。もういっそのこと数学科の学部2年以降にだけ伝わればいいか。そんなわけで、次の動画ではきりたんがものすごく賢くなってるかもしれません。 力学系の続きについては現状未定です。一番話したかったカオスの話をできたので満足しちゃったんですよね。ただ、まだまだ語れることは多いのでもう少し基礎に近い部分──例えば不動点の吸引・反発や分岐理論──をお話しするかと思います。私事ですが、10月から指導教官の下でのセミナーがはじまりまして、無事 (?) 力学系の研究室に所属しました。そこでは記号力学系という数え上げで力学系を調べようみたいな分野 (具体的には今回の動画における$ g(x)=10x \mod 1のような文字列を左にシフトさせる写像による力学系を調べます) の勉強をし始めたので、ゆくゆくはそのあたりについても動画を作ってみたいですね。
それから、2022年5月に開催された理工サイド交流祭のようなお祭りに参加できる単発トピックもストックしておきたいですね。どうしましょうか、とりあえず Terence Tao のブログにあった 254A, Lecture 2: Three categories of dynamical systems を積読しているので、それを読んで解説しましょうかね。もう少し一般向けにするなら Mandelbrot 集合や Julia 集合、Newton フラクタルを描画するプログラムについての解説とかでもいいですね。もうちょっとニッチに、 Kleinian 群とかについて話しても面白いかも? それから、YouTube の方では今回投稿したような長編動画の切り抜きを shorts として月に1本ほど上げようかなと考えていますので、投稿した時はよろしくお願いします。
とまあ長々と妄想を垂れ流しましたが、来年の夏は院試ということを考えるとのんびり動画を作っていられるのもとりあえず2023年の4月まででしょうね。それまでになるべく多くの動画を投稿できるように頑張りますのでこれからも応援よろしくお願いします。
なにか問題や提案などありましたらTwitterかメール7x127x36943@gmail.comまで御寄せ頂けると幸いです。また、マシュマロを利用することで匿名でメッセージを送ることもできます。 ここまでお読みくださりありがとうございました。お体に気を付けてお過ごしください。