富野由悠季
インタビュー記事
幼少期から高校生までの父親や家庭が与えた影響について
日大時代に得た経験について
虫プロ時代~の仕事から得た経験について
『ガンダム』生みの親が傘寿直前に明かした「創作の秘密」 「首相の退陣表明から自民党総裁選の騒ぎを見ていると、コロナ禍の緊急事態宣言の中で経済的に困窮する人がいたり、鬱(うつ)になって死んでいく人がいるというリアルな視点が欠けている。そして一部のポピュリズムに乗っかって、天皇制や憲法改正にも平気で触れようとしている。憲法は先人たちが、血の滲(にじ)む思いで作ったものです。そういう基礎的な考えが欠落していると感じていますね。 これは政治家だけの問題ではありません。多くの現代人が愚(おろ)かになりつつある気がする。インターネットで膨大な知識が得られるようになった代わりに、知恵の表層だけを掬(すく)い取ったような物言いが増え、わかりやすいものばかりが求められる時代になっていないか。僕はこれを『知の愚明』と呼んでいます。この状況に少しでも抗(あらが)いたい。老人は言うべきことをしっかりと言った方がいい」 「ガンダム」監督の富野由悠季氏が札幌で語ったこと①「日本はもうアニメ先進国ではなくなった」 個人レベルでデジタルアニメが作れるようになったといっても、個人で作ったものは詰まる所私小説のようなもの。スタジオワークの作品があるというのは、やはりオープンエンターテインメントも求められているからです。個的な作業にあまり熱を入れないで、スタジオワークに戻ってきてほしいなと、それぞれの分野のアーティストにお願いすると共に、デジタルに傾倒していく世代へは、社会性を持って仕事をすることを忘れないでいただきたい、と忠告しておきます。
YouTubeのようなものができて、アニメの個人製作が可能となれば、ますます個人の妄想を作品化する傾向もでてくる。それは作品ではなく個人の日記みたいなもので、そういったものにアニメの未来があるかと言われれば、あるわけがない。 ボクが言葉にし辛かったのが、そのリアリティの消失です。僕は大学生の時、先輩からマーケティングリサーチというものを聞いて、物事を考える時にマニュアル的なものがあるとわかりやすい、マーケティングをすればモノを売ることができるんだ、と信じ込まされそうになった 35年間、ガンダムが人気を保っているのはアニメという「記号」で表現されているものだから。一番一般的な概念、常識というゼネラルに考えられている「100年語り継いでいい」ようなものの考え方、「摂理」を伝えるには一番便利な媒体 富野由悠季が断言「アニメブームは今が頂点」 デジタル化、いい作業環境が作品性を劣化させる
アニメの産業が隆盛期なのは確かだろう。(中略)あともう5~6年は盛り上がりが続くかもしれないけれど、そこまでで、衰微していくでしょう。
アニメ自体は、なくならない。ただ、今以上に優れた作品が出てくるかというと難しいと思える。手描きのアニメからデジタルに切り替わった後のディズニーの作品は、「え?」と落胆するようなものばかりになったが、そういう再生産になっていくから。 AIに対して
人間のすごい能力は、「何か違う」と識別する感覚があること。ぼくはその感覚を信用している。
今後アニメがデジタル化し、AIの導入が進んでも、機械による創作は、それほど簡単に人間のレベルを超えるところにはいかない。人間はリアルなものが好きだから、リアルじゃないものを見分けてしまう。するといずれ人の仕事が見直され、アナログな線画に戻ると思うな。
待遇に対して
あの「プラットフォーマー」と呼ばれる連中が、本当に作品の知的財産権に対して、正当に支払いをしている仕組みになっているのか。それをいちばん懸念している。
巧妙なシステムをつくり上げて、利用者を囲い込んで逃れられないようにしている連中から、儲けを奪われないようにするにはどうすべきか
思いついたのは使っている電波自体に課金させることぐらいだ。
制作環境に対して
立派なビルは、全部デジタル化して、空調が利きすぎている。今日のディズニーのデジタルな制作システムが作り出す作品のつまらなさと同じこと。
創作をする人は、クレイジーな部分がないといけない。霊的感覚、土臭さ、インディーズっぽさ。空調を完全制御した空間で、土着性のある作品を作れるのなら作ってみろと思う。
金をかけて、高層ビルのフロアを仕事場に提供すれば済むほど、事は単純でない。
ものづくりの実務を知らないサラリーマンが、創作の「マネジメント」をできるとずうずうしくも思う。それで、プロデューサーが創作者ともめる。
横浜の実物大ガンダムの展示に際してのメッセージ
“あの時の青春”の記憶を、いつも現在へ持ってこないといけないような生き方は回避するようにしてきたんです。楽しい体験をいつまでも反芻しなればならない人生の無残さ、悪い例を一杯見てますから。そうならないために、僕は結局、ものを作り続けるっていうところで走ってるんです。
松尾衡 on X: "「歳をとると地味になって年相応とかいう地味な服を着始める。そして心も地味になってボケていく。君も今の派手なシャツを着続けなさい」 良い言葉だった。 そして「今日は目がチカチカする。なんでだろ?」と目を擦る富野さん。 自分の蛍光ピンクシャツがキラキラして動画用紙がピンクに光っていた。 https://t.co/QwNeCFQS6g" / X https://www.nishinippon.co.jp/uploads/image/247993/large_e7fadd97ed.jpg
https://gyazo.com/f10a372e225265d2a94b1f559cb81612
https://gyazo.com/b6af299cb0fb1c00c8c890fa3e030907
https://gyazo.com/8e1d399afe27b8d8c39082f69666b0c9
1941年に神奈川県小田原市で生まれた。小さかったので戦争のことはあまり覚えていないが、近くに焼夷弾が落ちた時の音と火事の色をありありと覚えている。一度始めたら戦争は止められない。大切なのは戦争を始めないことだ。 アニメ制作の仕事をする中で、SFの戦記物を創作してきた。宇宙人を「敵」にすることが多かったが、79年の『機動戦士ガンダム』は、「敵」を人間にすると決めた時に、重戦闘機レベルの兵器を登場させるためには、兵器産業が存在する国家間戦争しかありえず、戦争の「原因」をつくり出す必要があると気付き、がくぜんとした。宇宙人なら、地球を乗っ取るために攻めてくるだけでよかったのだが、人間は一人の独裁者だけでは、簡単に戦争は起こせない。『機動戦士ガンダム』の場合、宇宙に浮かぶコロニーに移住して国家をつくった人たちが、地球から棄民扱いを受けた屈辱から、独立戦争を仕掛けたという設定にした。米国の南北戦争をモデルにしたことで、人種の混交も意識した。そして、人型兵器の「ガンダム」に乗った少年たちと、宇宙に移住した人々が戦う物語にした。 戦争が起こる原因を考えるのは難しいと言えるのだが、現実にはロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエル軍のパレスチナ自治区ガザへの攻撃などが続いているのを見ると、国際政治において、政治家が歴史にとらわれて、戦争についての理解が劣化しているのを痛感せざるを得ない。 それぞれの正義に基づき、「今なら勝てる」と開戦してしまって、その中で恨みが増幅し、やめられなくなるのだ。振り上げたおのをそのまま下ろすのが難しいように、武器を一度使ってしまったら、使った者が死ぬまで続く。
戦争中に3歳児だった僕でさえ83歳になり、戦争を知る人は少なくなった。戦後、戦争映画はたくさん作られても、作る側が少しでも戦争を体験していないと、戦争が何なのかをつかみ切れずに、戦闘シーンをゲームとして描くことしか考えられず、アクション映画になってしまう。終戦記念日である8月15日は敗戦記念日と呼ぶべきだった。戦後の80年間のあいだに、メディアは玉砕を命じた軍人や政治家たちの肉声を伝え、そこから戦争の実相を学ぶべきだったのだが、そうはならなかった。戦後生まれの人たちが、戦争について正確に知る必要がある。
https://gyazo.com/5587e50d71eb8d1911c03c8ce5e104fa
https://gyazo.com/151ef44462e3706a6d2748fe62f78d55
ガンダムを最初に支持したのは当時中高校生だった女の子。 https://www.youtube.com/watch?v=aYT6-_9vqEs
https://www.youtube.com/watch?v=sq_QrLVamKo
https://www.youtube.com/watch?v=4HshOpSSL88
https://www.youtube.com/watch?v=EogXvsNTsw0
https://www.youtube.com/watch?v=r8KRa2P9T9g