(前考えていた痛いこと2)
本当にやりたかったら、やればよいし、通したいし、社会は通せよ 裏を返せば、社会的な要請や貢献などなくとも、個人のバックグラウンドを糧にしたロジックもどき(筋が通っている状態)で十分という意味 別に、そこまでやりたくないなら、それで良い
このアイデアではやりたくない、と言うことで、新しいアイデアをまだ考え続けられるから しょうもないアイデアで固定化させない
ノリが違いすぎて全く頭働かないしそんなに考えたくないですという課題もある 結局、良い案が思いつかなかったらしゃあないので、ヘルシーにやろうという心持ちになれる 勘違い的にやりたいと思うこともある(やってみたら違ったかも…となる)ので、その場合もしゃあないです
ただ、嘘で、これやりたいんです…と、言われる場合が存在するとヤバい
グループ制作において、やりたいって言われて、じゃあやるか、と思い、その案で進んだが、内容自体が本当に心からやりたいわけじゃなさそうな内容だよな…となりつつも、なし崩し的に終わってしまったグループ制作のことzacbaran.icon 彼がウェルメイドの強さを持っていたため、本当にやりたかったのかもしれないが、もう少し聞いてからが良かったなぁと思った ただ実際、自分はほぼ関与せずに制作が終わっていた
他人を巻き込む内容で、これやりたいです、を言われたら、それが本当か、個人のバックグラウンド含めて精査する必要がある
うーん、就活の面接に関しては、一部の中小企業などこだわりありそうな会社を除いては、正直、建前を作れるか・基本的な技能はあるかなど、社会人としてのベースの能力があるかどうかがメインな気がする
事前の情報開示はあったほうが良い?
この理論だと、社会でやりたいことが特にない人間が苦労する(自分など) 働く、を考えると、スーパーの店員と他職業が同列に見える、しかし、給料とか責任とかは違うわけで…?全体的に良くわからなくなる
でも映像に関することいっぱい知ってるなら映像関連の職業がいいのか?
その場合は、たまたま向いていることを運よく見つけるしかない