ドラムンベースの歴史
#音楽史
Drum and Bassの歴史
https://www.youtube.com/watch?v=fi19lCNDeM4https://www.youtube.com/watch?v=yiWhf1ILhekhttps://www.youtube.com/watch?v=bxyFc0w6W7s
1988年のイギリス
Second Summer of Love
1990年~1993年
Breakbeat Hardcore
当時からドラムサンプリングは盛んに行われていたがソウルが基本
ドラムサンプリングにアーメンブレイクも使用し始める
テクノやハウスの4つ打ちにアーメンブレイクを足す
ハウスの現場ではどうしてもヒップホップみたいになってしまう
ヒップホップで主流だった
音の隙間が埋まるのでいい感じ
次第にアーメンブレイク以外のドラムサンプリングや、3, 4つ重ねも見られるようになる
Experimentalな方向性へ
The Prodigy
Jungle
レゲエ + ブレイクビーツ
これもイギリスの社会不況の影響が強い
不動産バブルの崩壊
失業率10%超え
大デフレ時代
都市部の黒人層が大打撃
1950年から1970年代にかけて移民
ジャマイカなどから
労働力不足を補うため
白人の2倍の失業率
PACE法の影響も強い
ジャンルとしてのリズム感
アーメンブレイクが強い
サンプラーの発達で切り貼りができるように
これを初めてやったのはLennie De IceのWe Are I.E.
1989年作曲
1991年リリース
サンプラーでBPMを早くすると音が劣化し、金属質なノイズが加わる
名称
特定の人が名付けたわけではない
音楽以前から使われていた用語
ジャマイカのキングストンにある、スラム街の住民を指す言葉
Rabel MCがライブでAll the junglistsと何度も言及していたことが影響
ヒップホップ・ハウスのグループ出身
Jungleに傾倒
ハイテンポ感
高速化に寄与した曲
共に理論派の音楽プロデューサー
Rufige KruのTerminator
1992年
Goldieの別名義
A Guy Called Geraldの28 Gun Bad Boy
808Stateのオリジナルメンバー
Jungleの広まり
クラブでの広まり
ダブプレートを自分のDJで流し、音楽関係者の目に止まるようにする
1~2枚だけレコードを作ってくれる超小ロット生産の店
ブート盤文化はこれを引き継いだもの
パイレーツラジオ, 海賊放送
1960年代から違法なラジオ放送文化が根付いていた
ダブプレートをここで流す流れからJungleの新曲をチェックできる環境が
伝説的なクラブが多数
Rage
ロンドンのクラブヘヴンで開催
A Way Of Life
パラダイスクラブ
違法レイブも盛んに
この時代から怖い印象を与えるベースも特徴的に
実験音楽的方向性から
社会的抑圧から
同時代のTRIP HOPも暗さが特徴的
1993年~1994年
Jungleシーンの崩壊
犯罪率上昇と取り締まりの強化
レイブシーンの加熱
ドラッグカルチャー
印象が良くなくなった
1992年のキャッスルモートン・フェスティバル
無許可のレイブイベント
4万人規模
近隣住民に多大な悪影響
レイブ違法新法
反復した音楽が違法に
レイブからクラブシーンへ
Incledible事件
Incledibleがイギリスのシングルチャートで8位に
M beatプロデュース
レゲエDJジェネラル・レヴィ作曲
イギリスの大きなフェスに
「これがジャングルだ、これが俺達の音楽だ」的なことを言った
が、この発言がThe Faceという雑誌では「俺がジャングルの王だ」的なニュアンスで掲載
大炎上
レヴィが数年出禁
結局、Jungleの悪印象が加速
小室哲也のWOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント~が世界で一番売れたJungle楽曲に
1994年~1995年
ドラムンベース造化四神
4hero
1990年から活動
歌モノを多く扱い、ソウル味の強い
激しい音楽じゃなくてもよいという価値観
スネアの叩く数が異常に多い
ドラムネタを3, 4曲使うのは当たり前
Goldie
Rufige Kru時代はDarkcoreの先駆者として活動
レーベルMetalheadzを設立
BreakbeatsとJungleのルーツを探求し、再解釈するというスローガン
カオスと調和が特徴
アルバムtimeless
1995年、4heroのプロデュースで制作
全英アルバムチャートで7位
完全に家で聞く想定
1曲目は21分
クラシック曲の構成を踏襲
大英帝国勲章を受賞
LTJ BUKEM
近代ドラムンベースのパイオニア
サンプリングが好き
Fabio&Grooverider
Rageの主宰
1995年~1997年
ドラムンベースの基本形の完成
2 Step Break
アレックス・リースのPulp Fiction
1995年リリース
クラブシーンで広がり、ドラムパターンも模倣されるように
チョップが過激すぎるブレイクビーツからの反動
遅く聞こえるのでBPMの加速にも寄与
未記入