ゲーム音楽の歴史
黎明期
音楽はゲームプレイの補完的要素として使われていました。
この時代のゲーム音楽は、シンプルなビープ音やノイズによるものでした。
こうした制限の中でも、限られた音数や波形を駆使してリズムやメロディが生み出され、独自の魅力を持ったサウンドが数多く誕生しました。
初期のゲームサウンドは、ゲームの世界観を表現するための工夫に満ちていた
演奏時間の制限や同時発音数の制約がある中でも
当時の音楽はいわゆる“ピコピコ音”が主流
サウンド制作に使える回路やメモリ容量が非常に限られていました。
1980年代の家庭用ゲーム機やパソコンに搭載された音源方式
同時に鳴らせる音は基本3音
矩形波など単純な波形
リアルな楽器音は再現できない
代表作:
最初期のアーケードゲームの一つ
その音楽はピンポン球の打撃音を模倣したシンプルなビープ音のみでした。
世界で初めてメロディーを奏でたビデオゲーム
このゲームでは、単調なリズムの繰り返しによる緊迫感を演出する音楽が使用された
ゲーム音楽の重要性を示す一作
アメリカ
家庭用のゲームに関しては、この時代はまだアメリカが圧倒的に進んでいた。
ソフトが1980年代に入る以前から相当数出回っていた
当時のアメリカは日本より3、4年は進んでいた感じです。
これには一応サウンド機能が備わっていたらしい
後に拡張用のPSGカードが出ている
初代のはBEEP音の音程を変えられるタイプでしょうか
パルス1音+ノイズ1音というサウンド機能
後述のカセットビジョンと同等
ちなみに、自分はこれが世界初のカートリッジ式ゲーム機と思っていましたが、世界初はチャンネルF(1976年、フェアチャイルド)です。
質の低いゲームソフトを乱造した結果、ユーザーのゲーム離れが起きて、アメリカのゲーム業界全体が低迷
1985年のファミコンの欧米展開まで暗黒期に
国産PCゲーム音楽の黎明期
ホビーPC御三家
ラインナップ
細かいグラフィックやテキスト表示が要求されるジャンルのゲームに適していた
640×200ドットのカラー表示が可能
RPG、シミュレーション、アドベンチャーなどの
とはいえベンチャーが多く、音楽の質もナムコなどのアーケードゲームとは比べるべくもなかった
この時期には、独自のメロディラインとコード感で印象に残るサウンドが多く生み出される
現在でも「名曲」として語り継がれる作品が数多く存在します。
ゲームサウンドも大きな発展を遂げました
コンシューマーゲーム機の登場による作曲需要
パソコンやメガドライブでは「FM音源」によって音色の幅が広がり SFCでは「PCM音源」によって実際の楽器に近い音が出せるようになった 業界初のステレオ出力
この頃からアーケードゲームの世界ではコナミをはじめ、ナムコ以外のメーカーも、徐々に音楽を意識してゲームを作るようになっていた
音楽の生成において非常に限られたハードウェアを使用していた
それでも印象的な効果音やメロディを生み出すことができました。
『アドベンチャー』(1980)
『スペースインベーダー』など
未だPSG音源であるが、メロディ重視の作り方がされるように より高度な音楽生成機能を持ち、8ビットのサウンドチップを活用して多様な音楽を作り出しました。
ここで活躍した作曲家として、近藤浩治が挙げられます。 これらのゲームは今日でもゲーム音楽のクラシックとされています。
世界最初のゲーム音楽アルバム
実は世界中でも日本だけだった
以前はゲーム会社やレコード会社が商品価値を測りかねていたという側面も
著名な音楽家の起用も増えていく
とはいえ成功例は少ない
音に立体感が生まれた
ベースやリードに存在感が出た
金属音やストリングス風の音も再現可能になった
楽曲全体の迫力が向上した
パソコンでも同時進行で
SPC700はアーケードゲームでも見られないレベルの高性能
PCM音源は実際の波形をサンプリング可能
実際の楽器に近い音が出せるようになった
高性能な音源を搭載できたPCでは、音楽表現の自由度が一気に高まる
家庭用ゲーム機よりも早く
サウンドチップやMIDI(Musical Instrument Digital Interface)技術が導入 このチップは高度な音楽生成能力を持っていました。
サンプルベースの音楽生成が可能なパソコン
「ゲーム音楽専門の作曲家」が登場するようになりました。
初期のゲームサウンドは、エンジニアやプログラマーが兼任することも多かったものの
例えば、ゲーム音楽に独自の世界観を持ち込んだコンポーザーの存在が、ゲームサウンドに新たな芸術性を与えました。
優れたゲーム音楽のほとんどは、ゲーム産業のなかから生まれ出ることになった
その流れを決定づけたのが
大手ゲーム会社のサウンドチーム
FM音源の魔術師と謳われた
彼らはいずれも、それぞれ思いのままによいと思う音楽を追求していた
ポピュラー音楽の流行には左右されず
それ故、音楽産業的には少々旬を過ぎた音楽ジャンルが「ゲーム音楽らしさ」の一端を担った
プログレッシヴロック
ジャズフュージョン
そしてそれをゲーム向けに最適化することを忘れなかった
この流れは、後のゲームサウンドが「BGM」という単なる演出ではなく、ゲーム体験を支える音楽作品として認識される礎となります。
一般的なポピュラーミュージックとは別のところに、ゲーム文化のなかだけで共有される「いい音楽」観がかたちづくられていった。
この時代のゲーム音楽は極めてメロディアスなものが主流
今日の視点でいえば「映像を食ってしまうような音楽」であっても構わなかった。
というよりむしろ、巧みに食ってしまうコンポーザーこそが「いい音楽」を規定する存在だった。
ファンタジーRPGの戦闘シーンで勇ましいロックを奏でたりするようなことが、その典型だ
ロックに「異世界の音楽」としての必然性は何もない
録音ゲーム音楽の時代
ゲーム機の処理能力とストレージ容量の向上により、サウンド制作の幅が大きく広がりました。
高音質サンプリング音源の使用
長時間の楽曲収録
繊細な音のニュアンスの再現
環境音や効果音との自然な融合
実際の演奏を録音した音源
ボーカル入りの楽曲が使用可能
オープニングテーマ
エンディング曲
挿入歌
その結果、ゲーム音楽は単独で鑑賞に耐える作品として成立し始めた
それまでの「ゲームらしい音」から「作品世界を音楽で描く」時代へと移行します。
この時期には、演出目的に応じた多様なスタイルが生まれました。
ジャンルごとにサウンドの傾向も分かれ始め
RPGでは壮大なオーケストラ風BGM
アクションゲームではテンポの速い打ち込み系BGMなど
コンシューマー黄金期
CD-ROMを使用する初の家庭用ゲーム機の一部
オーケストラ風アレンジの普及
主題歌という概念の定着
『ファイナルファンタジーVII』(1997)
オーケストラによる壮大なスコアが特徴です。
インターネットの普及
一般音楽家の起用が再度盛んに
プレイステーションの生みの親のひとりである
それ故ソニーに縁のあるミュージシャンたちが少なからずゲームに投入された
ゲームの演出がよりリアルタイム性を重視するようになり、BGMにも「動的な変化」が求められるようになります。
演出が一般化
プレイヤーの行動に応じて音楽が変化する「ダイナミックBGM」
「クロスフェード」技術によって異なる曲調を滑らかに切り替える
これにより、ゲームサウンドは単なる背景音から、プレイヤーの感情や状況に直接働きかける“体験の一部”として再定義されていきます。
以降
参考記事