キャッチャー・イン・ザ・ライ
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J.D.サリンジャーの不朽の青春文学『ライ麦畑でつかまえて』が、村上春樹の新しい訳を得て、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』として生まれ変わりました。ホールデン・コールフィールドが永遠に16歳でありつづけるのと同じように、この小説はあなたの中に、いつまでも留まることでしょう。雪が降るように、風がそよぐように、川が流れるように、ホールデン・コールフィールドは魂のひとつのありかとなって、時代を超え、世代を超え、この世界に存在しているのです。さあ、ホールデンの声に(もう一度)耳を澄ませてください。 面白かった、ホールデンのひとりごとが300ページちょい続くということで、とっつきにくい感じもあったけど、ドライブ感を捉えたときは凄まじく興奮する感じがあった。誇張表現が、数秒のことを「五時間ぐらい待った」とか、「100万回ぐらい云々カンヌン」「身長が60フィートぐらい伸びたんじゃない?」みたいな表現がマジで5兆回ぐらい出現してて、サリンジャーってXer(エックサー)の元祖なのかなって思った。ほんとの話。そう、「〇〇だったんだよ。ほんとの話」「〇〇。実際そうだったんだ。」みたいな、「ほんとの話」みたいな後置文も独特で、癖になったり真似したくなるんだよ。ほんとの話。俺に英語力があったなら原著を読みたい。英語力といえば、ちょいちょい、「ホールデンは英語が得意」という旨の記述があるんだけど、映画観てるとアメリカにおける科目としてのEnglishを、国語って訳す場合と英語って訳す場合があって、村上春樹的には後者なんだなというのがなんか興味深かった。バッド・チューニングでは「国語の単位が云々カンヌン」みたいに翻訳されてた。うっすら関係してだけど、「millionaire」は最近は「億万長者」と訳されることが多いと思うけど、昔の映画の翻訳でちょいちょい「百万長者」というのも見かけたことがあって、翻訳業も大変だ、面白そうだと思ったものだった(了)