TSUTAYAはUXだった
>今年、家で観た映像のベストは「カウボーイビバップ」(アニメの方)です。実写版に備えて久しぶりに観直したけど今観てもやっぱり超最高だったな。
> 大学生の頃にWOWOWの無料放送かなんかで観た映画版に心を撃ち抜かれて。当時はなかなかテレビ版を全話まとめて観る術がなく。10年近く前に海外UK版のDVDコンプリートボックス(当時日本とリージョンが同じなのがUK版しかなかった)が発売されたのを個人輸入して貪るように観たことを思いだしたり。
> それが今やリモコンのボタンを押すだけでどこでも観れるようになった便利さを素直に悦びつつ、でも、あの当時の不便さ/アクセスの難しさもコンテンツ自体への欲望を掻き立てる装置としてはなかなか愛おしいものだったんだよなー等と思ったり(これこそオジサンのノスタルジーだよな)。
(これこそオジサンのノスタルジーだよな)
本当にそうなのかな。われわれオジサンはなるべくオジサンと思われたくないバイアスがかかって、この種の愛おしさを必要以上に蔑む傾向にあるんじゃないかという説。不便さやアクセスの難しさとコンテンツの内容は関係ないけど、体験にはおおいに関係がある。実際にそういう体験、不便さを楽しむような体験を羨む若い人たちもそれなりにいるだろうし、そういう声に対して「あんなの不便すぎて今のほうが最高なんだから憧れる必要なんてまったくないんだよ」というのはなんか違うというか、それこそ無理して現代にアジャストしようとして昔を必要以上に下げるオジサン仕草とも言えるんじゃないだろうか。それはヴァイナルはもちろんのこと、ワイアードイヤフォンやカセットテープが流行ったりすることとも無関係ではないような(2010年代のTumblrの雰囲気が若者の間で流行)。TSUTAYAはUXだった。ノスタルジーに浸りたくもないが、ただのノスタルジーと簡単に切り捨ててしまいがちなバイアスにも自覚的でいたい。