音楽とプログラミングの違い
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藤村:なるほど。僕が似てるなぁと思うのは、同じような感じかもしれないけど、沼に入っちゃうことあるじゃないですか。
快南:ありますね。
藤村:もうこのブランチ、どうにも着地できないだろうみたいな修正を始めちゃった時とか、曲のミックス作業でこれは絶対形にならないし、元の方がいいんだけど、どうしよう みたいな時とか。
快南:それはマジで音楽もコードも同じですね。沼るときにかかる時間も体感同じぐらいな気がします。
藤村:わかる。
快南:ああもうダメだってなるまでの時間も同じかもしれないです。
藤村:わかる、沼ってからそれがいいものになることの少なさも同じような気がする。
快南:間違いないですね。いいものができる時ってふとパパパって書いて、もういいみたいな感じですね。
藤村:なんなんですかね。やっぱ自分の脳内にある程度の道筋が全部できてから作業すると、作業自体も早くていいものができる、というのはあるかなと思ってて。自分の場合、コードを書く以外の仕事でもそうだけど、何らか頭を使わないといけない仕事は問題だけ整理して、あとは空き時間を作ってぼーっと考えたり、考えないで散歩したりしてると片付くみたいなパターンが多いんですよね。
藤村:自分一人でやってるのと人とやるのでは、やっぱりできるものは違う?
快南:ありますね。自分で作るものでも、もちろんいいものができるんですけど。人と作るとリリースされますね。自分で作ってるのは自分の心ゆくまで作業できるから別にリリースしなくてもいいというか。人と作ってると必然的にじゃあいつまでに出そうよとなるので。
藤村:そうだよな。プログラミングも音楽も人とやる、やらないといけないものはあるような。 逆にプログラミングにあって音楽にないもの、もしくはその逆ってある?
快南:今のところ全部同じですね。
藤村:いや、そうなんですよ。あんまり思いつかないんだよな。正解がないのも同じ。
快南:確かに。
藤村:ひとつのことをやるにしても、複数のやり方があるのも同じ。
快南:最終的にできたものが芸術として捉えられるか捉えられないかとか?
藤村:それはそうですね、でもプログラミングって未だによくわからない営みだなと思ってて。基本的に仕事のために、仕事っていうか何か道具を作るために使われていることがほとんどだと思うんですよね、メディア・アートみたいなのは別として。道具を作っているコードでも良し悪しとか審美的な要素があるじゃないですか。