リソースとノイズのはっきりした境界はない
物理世界の中を進化してきたシステムにとって、リソースとノイズのはっきりした境界はないのだ。WhateverWorksというウッディ・アレンの映画(邦題は『人生万歳!』)があるが、物理世界の中を必死で生き残ろうとするシステムにとっては、まさにWhateverWorks、うまくいくなら何でもありなのである。人間が人工物を設計するときには、あらかじめどこまでがリソースでどこからがノイズかをはっきりと決めるものである。この回路の例で言えば、一つ一つの論理ブロックは問題解決のためのリソースだが、電磁的な漏れや磁束はノイズとして、極力除くようにするだろう。だが、それはあくまで設計者の視点である。設計者のいない、ボトムアップの進化の過程では、使えるものは、見境なくなんでも使われる。結果として、リソースは身体や環境に散らばり、ノイズとの区別が曖昧になる。どこまでが問題解決をしている主体で、どこからがその環境なのかということが、判然としないまま雑じりあう。
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