寛容のパラドックス
yuki-2021.iconはリベラルが何に対して寛容であるべきか、どこから不寛容になるべきかの基準がよく分からんのである。 特に日本のリベラルの限界なんかを考えたりするのだけど、何に対しても不寛容で中道派からも嫌われるようなリベラルというのは、日本のネットを見てると顕著であるけど非常に多い。 そこんところをきちんと述べてるのがカール・ホパーの寛容のパラドックスらしいのである。
差別主義者であるとか社会を破壊するような陰謀論に対して、明確にNOが述べられるかというのはリベラルとしても必要な態度かもしれない。
リベラルな姿勢の本質は、他者の人権や自由を守るためにどこで防衛的な立場を取るかはっきりさせること。
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