フィクションの「リアル」について
こういう増田を読んでいて思うのだけど、最近の人は変な性的フィクションとか残酷すぎる物語を読んで認知が歪んでるのではないかと思った。
どうも、商業誌に載ってるような物語を読んでいても思うのだけど、リアルというのは残酷であるのと同義ではないのである。その辺りが残酷な物語をリアルと定義されていることで、世界への認識が過酷すぎる人が多いのではないかと思う。
こりゃ、ポリコレの歪みともまた違った感じであり、現実を歪めたリアリティショーなどによるものではないかと思う。
日本であると「スカッとジャパン」的なものというか、過剰な公正世界仮説なんかでも起きてる現象だろう。フィクションが現実を歪めている。
この辺りでyuki-2021.iconは物語の役割というのはなんだろうと考えてしまう。
ChatGPTに語らせるとこんな感じ。
日本の物語性の中で特に影響力が大きいジャンルとして「スポコン」「セカイ系」「異世界転生」が挙げられます。これらはそれぞれ異なる時期に人気を博し、特定の社会的背景や文化的要求を反映しています。それぞれのジャンルについて、どのように社会と関連しているかを考察します。
### スポコン(スポーツ・コンプレックス)
スポコンは、スポーツを通じて人間ドラマを描く物語で、昭和から平成にかけての日本で特に人気がありました。これらの物語は、主に努力、根性、友情といったテーマを通じて、個人の成長と成功を描きます。高度経済成長期の日本社会では、国全体が一致団結して経済発展を遂げる必要があるとされており、スポコンはそのような社会の価値観を体現する形で受け入れられました。スポーツを通じての克己精神や協調性は、社会に出てからも求められる資質とされていました。
### セカイ系
セカイ系は、1990年代から2000年代にかけて流行したジャンルで、主人公が日常とは異なる特殊な状況(しばしば世界の存亡がかかった状況)に置かれる物語です。このジャンルでは、個人の内面や対人関係が重視され、登場人物の心理描写が深く掘り下げられます。バブル崩壊後の不透明な未来を背景に、若者たちの閉塞感や孤独感、さらには社会への違和感を象徴的に描き出しています。セカイ系は、個人が直面する内面的な葛藤や、孤立した社会的立場を反映していると言えます。
### 異世界転生
異世界転生は、2000年代後半から令和にかけて特に流行しているジャンルで、主人公が現実世界から異なる世界へ転生(または転移)し、新たな生活を送る物語です。このジャンルは、グローバリゼーションやデジタル化が進む中で、現実逃避や自己実現の欲求を反映しています。異世界転生物語では、主人公が特別な力を持つことが多く、現実世界での失敗や不満を補完する形で描かれます。社会からの逃避、新たな自己の再発見、無限の可能性への憧れが、現代人の心情とマッチしているのです。
これらのジャンルは、それぞれの時代の社会状況や人々の心理的ニーズを映し出し、エンターテイメントとしての役割を超えて、文化的・社会的な意味を持つようになっています。それぞれが、時代ごとの若者や社会全体の価値観、悩み、願望を形象化していると言えるでしょう。
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