ユーザーのニーズを満たせばいいという考えは人の持つ可能性を信じていない
rakusaiさん、akiyamaさんの元で働いていてワクワクするポイントは、人の可能性は自分たちが拡張できるはずだ!という信念を感じられるところyuiseki.icon
具体例
「プロダクトAの有料ユーザーのうち、機能Xを活用しているユーザーは、0.X%」というファクトがあるとする
「常識的な」(あたりまえの)ビジネスパーソンは、「有料ユーザーにとって機能Xのニーズは低いんだな、撤退しよう」と判断する
rakusaiさんやakiyamaさんは、そうは言わない
「自分たちが力を合わせれば、ユーザーに機能Xの価値を気づいてもらって、活用してもらえるようになるはずだ!」と、絶対に信じているからである
「プロダクトAのうち、機能Xを活用している有料ユーザーを、0.X+1%、0.X+2%に増加させる、デザインとエンジニアリングによる創意工夫と努力をするべきだ!」と判断し、指示する
多くの(デザイン思考的な?)人物は、「プロダクトAの有料ユーザーのうち、機能Xを活用しているユーザーはとても少ないように感じる」という、その仮説すら客観的にマトモな検証をすることはない
多少の定性的なデータがあってそうした考えに至るとしても、人の持つ可能性を信じていない彼らは、ただ短絡的かつ保身的に、「ユーザーにとって機能Xのニーズはないんだな、撤退するべきだ」と確信し、そう主張する
「自分たちが力を合わせれば、ユーザーに機能Xの価値を気づいてもらって、活用してもらえるようになるはずだ!」とは、絶対に信じていない
多くの場合には、「ユーザーには機能Xのニーズがなく、機能Xにリソースを割いても、プロダクトの事業の売上は致命的に下がります」という主張に至る、が、
この場合に至ってすら、客観的な根拠が示されることは、これまで一度も目にしていないyuiseki.icon
マトモな客観的な根拠がないままで、「プロダクトAの有料ユーザーのうち、機能Xを活用しているユーザーを、0.X+1%にする、創意工夫と努力をするべきだ!」という指示に、従わないことになる
「観測に基づいたファクトは変えられる」「私たちの創意工夫や改善で、ユーザーの可能性を引き出して行動を変えられる」という信念を信じて従うほうが、私はワクワクする
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