やるとするの違い
「やる」が力を失う、やるの失効について
マエカワtomoか — 2026/01/26 17:44
もうちょっと言語化に励むけど、<やる>の失効に着目したことをしたい
Kei Iwata — 2026/01/26 17:44
おもろそう
マエカワtomoか — 2026/01/26 18:06
昨日インタビューしてて、「今やりたいことはなんですか?」の返答で実際にやっていることをそのまま言う人と、それとは違うことを答える人がちらほらいたのが面白かった。気になった。
例えば、ムーンウォークを練習しているけど抱いているやりたいベクトルは「こたつでおじやを食べたい」だったり。
彼女の場合やっている行為に余白があるものだったから(休憩時間を自ら設けれてしまう)例外の可能性はあるが。
私は「やめたい」はあるけどほかのことをやりたいと思ったことがなかったからかな、余計なんだろうね。
<やる>がモトコーへの祈りであるのならば、やっている最中に充満していた祈り効力が、ある瞬間から効きにくくなることもそりゃああるはずで。
ある一つの行為を、ちゃんと繰り返し続けるってことは、その場ではやる気も出るし、意味も立ち上がるし、祈りっぽい濃度も確かにある。でもその行為を続けているからこそ、
・翌日になったらもうやらなくなる(もうやった気になってる)
・やっている最中に、実は別のことをやりたいと思っている
みたいなズレが起きて、行為としては確実にあるけれど効力だけが急に失効する瞬間があるんじゃないか、という予感。
ペアだと相手がいるから続けられるし、同時に相手に預けてしまっている感じも生まれるんじゃないかな。だから「なぜ効かなくなったのか」が、飽きたのか、終わったと思ったのか、相手の調子のせいか、自分のせいなのか、よくわからなくなる。
失効は失敗ってわけじゃないし、
やめさせたいわけじゃないのは確実で。ただ身体の行為は続いているのに、祈りだけが抜け落ちる状態?瞬間を何度もつくりたい。
失効とはなんなのか
かんがえたいね
マエカワtomoか — 2026/02/04 0:48
これは「ズレ」の問題だと思っている。
実際にやっている行為と、それをやっているときの意識が、まったく別の方向を向いていたり、時には対抗してしまっている。その状態は、もう「やっている」「doingしている」とは言い切れない気がしている。
私が言う「失効」は、行為が継続している途中で、ある種の機能が失効していくことを含んでいる。意識がふっと消えた瞬間、そこには行為そのものだけが残り、祈りのようなものも、場を充満させる力も、他者に感染するような強度も、同時に消えてしまう。その状態こそが「失効」なのではないか、と思っている。
ただ、ここまでは「そう思っている」という段階であって、では具体的にどの行為がそのズレに当てはまるのか、今の自分にはまだはっきりと分からない。2時間、3時間、あるいは3〜4時間と行為を続けたときに、その「ふっと消える」瞬間は、ビジュアルとして明確に見えるものではない。
右腕の張りがなくなるとか、筋力が抜けるとか、目線が定まらなくなるといった些細な変化は観測できるかもしれないけれど、大枠としては大きな変化が起こるわけではない。
もし「やる」という行為そのものを、モトコーのインスタレーションの一部として捉えたとき、観客がそれを見て「あっ」とか「おっ」と反応するような明確な転換点があるのか、正直わからない。それをパフォーマティブな伝達と呼べるのかどうかも、判断がつかない。
だから今、どうするのが最適なのか、何を選び取るべきなのかを考えてるんだけどー。
ミニマム配置でいいかもね、演者の距離めっちゃ近いとか
鳴瀧 — 2026/02/04 1:15
やるは、マイルストーンも無ければゴールも存在しない、もしくはゴールはあるけど無限に近いor遠いといった空虚な動機をもつ必要がある。
達成には興味を示さず、ただ無限に継続する、繰り返す。
ムーンウォークを練習する、巨大なスプーンを一つつくる、は目的が分かりやすく、+-3時間程度で達成できそうなので、それに向かってプロセスを設計し、ただ遂行する行為は、する、になってしまい、とたんに雑念や休憩の侵入を許す。
観客からすると、パフォーマーの目的と達成率が実現可能な範囲に捉えられてしまった瞬間、やるが効力を失うのではないか
Kei Iwata — 2026/02/04 1:16
する と なす に分離しないってことが やる なのか
なすためにする ではなく やる
鳴瀧 — 2026/02/04 1:23
でも一方で何かをやり続けるためには、内なる動機の設計は必要。
その点で
成すためにやる、ではあるが、
鑑賞者視点で成すものが見えてこない(ex.4時間踊り続ける、俳句を書き続ける、なんのために??)
ことで、
ただやる=行為が強調されるように見えている