宴回避(ブレスト)
宴の規則に対して、戦略を持たない者が場の中で瞬間的に組み上げる、中心的なコミュニケーション(会話・関係形成)を迂回する戦術戦術
「食べ続ける(口にものが入っていれば話を振られない)」
「帰る人に便乗してそっと抜ける」
「一人でいる人を探して近づく」
「場の端に位置する」
「役割(幹事・記録・配膳)を担うことで場に滞在する」
宴の描き方は1点透視図法ではない。中央にマネキンおくとか、参加者のなんらかのうごきに反応するとか
マクガフィンとしての宴を前景化する方法
宴にはお客さんはいない
宣言だけでなく、「みんなやっているからやる」雰囲気の漸進的な生成、モノを置いておくことによる誘発、というフレームをゆっくり溶かす操作がある。フレームの外部を指示するのではなく、フレームの縁を曖昧にしていく。
「何にも回収されず、何にでも回収される形式」——これはプロウンの「乗換駅」と同じ論理。絵画でも建築でもないプロウンのように、宴はパフォーマンスでも参加型ワークショップでも祝祭でもない。しかしそれらすべてへの通路として機能する。
中間性・通過性・未決定性を維持することが目的——そこに到達することではなく、そこを通過し続けること。
京都芸術センターの
宴の「目的」は常に名目であり、実際には行為の連鎖を生む形式そのものが機能している。
幾何学っぽい。特定のだれかと誰かの距離というか。単純な線と座標の点でいい。パーティクルはあってもいいかも。
宴の化け物をつくる?
ネットワーク(網目)で操作されるマリオネット、的な
みんなの行動がひとりのペルソナを動かす。人型認識を悪用して、腕が7本で足が1本、頭が3つの化け物とかつくれないかな
合体ロボの失敗、みたいな
ボレロ的
公民館的、間の抜けた感じ 隙がある、ださい蛍光灯とか、新喜劇みたいな 脇の甘さ
だれでもできる行為
ふすま開けたり締めたり
生け花
カメラを奪い合う。
自分の話しかしていないおじさんたち。だけど成り立っている
世界の解釈のルールが自前にあって、中央の画面がだれかのルールに依ることがある
畳のマッピング
Eの6が中心です 熱い場所を光らせる
本日の主役をかける 銅鑼がなる
中央から本日の主役をねらい打つ
うーん
また当日