バックパッカーをやりたい
年始はこの思いをより言語化したいと、多くの時間をかけて取り組んでいた。0秒思考をもとにA4の紙に色々書いていた。
どう書いても結局は決める勇気が必要だなと思ったので、僕はバックパッカーをやろうと思う。
動機
「好奇心」というのが唯一の動機だろう。バックパッカーをやったからといって、何か今後のキャリアに良い影響があるわけではない。むしろ「キャリア」というワードを使っている時点で人生の意思決定としてはナンセンスだなと感じた。
どう考えても人生は「思い出づくり」でしかない。今までは「暇潰し」だったのだけど、不可逆な意思決定(Aを選択すると今後Bを選ぶことはできない)を目の当たりにした時点で自分の価値観が変わった。どう考えてもキャリアよりも思い出を重視した方が良い。死を迎える直前に「〇〇しとけばよかった」という後悔を残したくない。バックパッカーはその類になりうるほど、僕にとって大きなものになっていた。
何を求めるのか
動機が「好奇心」なのでこれをふかぼる必要がある。
現地の文化を感じたい
現地の空気を吸いたい
思い出を作りたい
そこでしか出会えない食
そこでしか出会えない人
そこでしか出会えない景色
総じて、適切なときに適切な思い出を作りたいのだろう。バックパッカーは多くの体力と時間を要するものだ。たとえば自分に妻子ができたとき、立場のある職位に就いたときには、「バックパッカーをやる」という選択肢が取れなくなっている。
僕の人生は「思い出作り」なので、できる限り多くの思い出を作りたい。そのためには今バックパッカーをやる必要がある。
懸念点
僕は執筆時点で26歳。キャリアでいうとかなり重要な時期だと思う。その点では相応のリスクがある。
半年〜1年ほどキャリアに空白ができることによって、市場価値にどれほどの影響をもたらすのだろうか...?
僕は技術職なので食いっぱぐれるみたいなことはないだろう。それでも戻ってきたときに現在と同じ収入で復職できるのかがわからない。収入は減らしたくない。お金は人生に選択肢をもたらしてくれるし、今回のバックパッカーもお金があるから現実的な選択肢となっている。
このあたりの点に関しては現職の人たちと相談してみて、休職のようなことができないかを聞いてみる。無理なのであれば市場価値の低下は甘んじて受け入れよう。落ちたとしても路頭に迷うようなことはないのだから。
もう一つは「あれ、バックパッカー行かなくてもよかったんじゃないか?」と帰った後に思ってしまうことだ。
このリスクは少ない。特に明確な目標を立てずに行ったタイ旅行でも、問題なく楽しい思い出を作れたからだ。しかしせっかくなので、旅のチャレンジ項目をいくつか考えてみようと思う。良い思い出を作れたと感じる瞬間は「想定外のトラブルに遭遇したとき」と「何かにチャレンジしたとき」だからだ。
カウチサーフィンをする(5回以上)
5割以上の宿泊をドミトリーで過ごす
可能な限り陸路で移動する
これらだけでも十分楽しい思い出が作れるだろう。
バックパッカー後はどうなっていたいか
僕にとって重要なピースとなった「バックパッカーの思い出」が作られた後は、下記のような人になっていたい。
旅によって得た多くの思い出を楽しく話せる人
今後の人生でどのような思い出を作りたいのかが明確になっていて、それを作るために人生を謳歌している人
2022・2023年は非常に足踏みしているように思える。キャリア的な面でも停滞を感じていた。その日だけで生きていたのが原因だろう。川下り的な人生を送ろうとしていた。それだとやはり日々はただ繰り返すだけで、変化のない毎日は自分には合わなかった。漸進的に変化するような日々を送らないと、僕の幸福度は上がらないのだ。早く戦力になるために頑張って勉強していた学生時代が最も充実していたように感じる。あのような日々を僕は送らなければならない。