百人一首
7. 天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
8. わがいほは都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり
9. 花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせし閒に
10. これやこの行くも歸るも別れては知るも知らぬも逢坂の關
11. わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣船
12. 天つ風雲の通ひ路吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ
13. 筑波嶺の峰より落つるみなの川恋ぞ積もりて淵となりぬる
14. 陸奧のしのぶもぢずり誰ゆゑに亂れそめにしわれならなくに
15. 君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ
16. 立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今歸り來む
17. ちはやぶる神代も聞かず龍田川からくれなゐに水くくるとは
18. 住の江の岸に寄る波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ
19. 難波潟短き蘆のふしの閒も逢はでこのよを過ぐしてよとや
20. わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思ふ
21. 今來むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな
22. 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ
23. 月見れば千々に物こそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど
24. このたびは幣も取りあへず手向山紅葉の錦神のまにまに
25. 名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな
26. 小倉山峰のもみぢ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ
27. みかの原わきて流るるいづみ川いつ見きとてか恋しかるらむ
28. 山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば
29. 心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花
30. 有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし
31. 朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪
32. 山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり
33. 久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
34. 誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
35. 人はいさ心も知らず古里は花ぞ昔の香ににほひける
36. 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづくに月宿るらむ
37. 白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける
38. 忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな
39. 浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき
40. 忍れど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
41. 恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
42. 契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは
43. 逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり
44. 逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし
45. あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな
46. 由良の門を渡る舟人梶を絕え行方も知らぬ恋の道かな
47. 八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は來にけり
48. 風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけてものを思ふころかな
49. みかきもり衞士のたく火の夜は燃え晝は消えつつ物をこそ思へ
50. 君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな
51. かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを
52. 明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな
53. 嘆きつつひとり寢る夜の明くる閒はいかに久しきものとかは知る
54. 忘れじの行末まではかたければ今日を限りの命ともがな
55. 滝の音は絕えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ
56. あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな
57. めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ閒に雲隱れにし夜半の月かな
58. 有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする
59. やすらはで寢なましものを小夜更けてかたぶくまでの月を見しかな
60. 大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
61. いにしへの奈良の都の八重櫻けふ九重ににほひぬるかな
62. 夜をこめて鳥の空音ははかるともよに逢坂の關はゆるさじ
63. 今はただ思ひ絕えなむとばかりを人づてならでいふよしもがな
64. 朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀨々の網代木
65. 恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
66. もろともにあはれと思へ山櫻花よりほかに知る人もなし
67. 春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
68. 心にもあらでうき夜にながらへば恋しかるべき夜半の月かな
69. 嵐吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川の錦なりけり
70. さびしさに宿を立ち出でてながむればいづくも同じ秋の夕暮
71. 夕されば門田の稻葉おとづれて蘆のまろやに秋風ぞ吹く
72. 音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖のぬれもこそすれ
73. 高砂の尾上の櫻咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ
74. 憂かりける人を初瀨の山おろしよはげしかれとは祷らぬものを
75. 契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり
76. わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの雲居にまがふ沖つ白波
77. 瀨を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ
78. 淡路島通ふ千鳥の鳴く声に幾夜寢覺めぬ須磨の關守
79. 秋風にたなびく雲の絕え閒よりもれ出づる月の影のさやけさ
80. 長からむ心も知らず黒髪の亂れて今朝は物をこそ思へ
81. ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ殘れる
82. 思ひわびさても命はあるものを憂きに堪へぬは涙なりけり
83. 世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奧にも鹿ぞ鳴くなる
84. 長らへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき
85. よもすがら物思ふころは明けやらぬ閨のひまさへつれなかりけり
86. 嘆けとて月やは物を思はするかこち顔なるわが涙かな
87. 村雨の露もまだひぬ槇の葉に霧たちのぼる秋の夕暮
88. 難波江の蘆のかりねのひとよゆゑみをつくしてや恋ひわたるべき
89. 玉の緒よ絕えなば絕えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
90. 見せばやな雄島のあまの袖だにも濡れにぞ濡れし色はかはらず
91. きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣片敷きひとりかも寢む
92. わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く閒もなし
93. 世の中は常にもがもな渚漕ぐあまの小舟の綱手かなしも
94. み吉野の山の秋風小夜ふけてふるさと寒く衣うつなり
95. おほけなくうき世の民におほふかなわが立つ杣に墨染の袖
96. 花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり
97. 來ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
98. 風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける
99. 人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は
100. ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり