ゲンロン5
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ぼくたちが導入しようとしている「批評」とは、あるいは「観光客的な知」とは、いまここの見える現実に寄り添う言説でもなければ、いまここの現実を無視した、見えない抽象論を展開する言説でもなく、そのあいだにあるべきものだからである。(一部略)
その中間性を、村人(見えるものだけを見る存在)でもなく、旅人(見えないものを見る存在)でもなく、観光客であることとして表現した。つまりは批評とは、なによりもまず"視覚"の問題なのだ。批評家は、見えるものを分析するだけではいけない(それはジャーナリストや社会学者の仕事だ)。しかし、かといって、見えないものを夢想するだけでもいけない(それはこんどは芸術家の仕事だろう)。批評家は、見えるもののなかに、本来なら見えないはずのものを幻視する、特殊な目をもっていなければならない。