社会学におけるトランスジェンダー・スタディーズの発展
Schilt and Lagost(2017)
どんな論文?
ちなみに今米国で活躍している若手たちは、「第二世代」と呼ばれたりするらしい。
2017年と少し古いが、トランスジェンダーの社会学について、興味深い見取り図を与えてくれる。社会学でトランス研究をするのならば読んでおいた方が良いだろう。
引用されている論文は原著の対応箇所を読んで調べてくださいな。
需要があればまとめるかも。
アブストラクト
トランスジェンダー研究の分野は、過去10年の間に社会学の中で飛躍的に成長してきた。このレビューでは、過去50年間の社会学的研究を批判的に概観することで、この分野の発展を追跡する。私たちは、この研究を特徴づけてきた2つの主要なパラダイム、すなわち、ジェンダー逸脱(1960年代~1990年代)とジェンダー差異(1990年代~現在)に明確に焦点を当てる。
次に、この分野の現状を代表する3つの主要な研究分野を検討する。それはすなわち、トランスジェンダーのアイデンティティと社会的な場所の多様性を探求する研究、制度的・組織的な文脈の中でのトランスジェンダーの経験を検証する研究、そしてトランスジェンダーのアイデンティティと経験に対する定量的なアプローチを提示する研究である。
最後に、今後の研究分野のアジェンダを提示する。
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はじめに
ジェンダー・セクシュアリティの社会学は、クィア経験の意味の理解枠組みに対する男性中心/ヘテロノーマティブ性を批判してきた
トランスジェンダー研究は、ジェンダー逸脱パラダイムとジェンダー差異パラダイムの2つに位置づけることができる
ジェンダー逸脱パラダイムは、「トランスセクシュアル」の出現を社会学的に説明した
ジェンダー差異パラダイムでは、トランスジェンダーの人々の生活経験の多様性そのものを(質的に)捉えることを重視している
ジェンダー差異パラダイムの研究のバリエーションは以下の3つ
トランスジェンダーのアイデンティティや社会的な位置の多様性を探求する研究
制度的・組織的な文脈の中でのトランスジェンダーの人々の経験を問う研究
トランスジェンダーのアイデンティティや経験に対する定量的なアプローチを提示する研究
最後に、社会学者がトランスジェンダー研究からの洞察を、シスジェンダーのアイデンティティと実践の批判的な社会学を構築するためにどのように利用するかについての議論で締めくくる
本稿は紙面の都合上USの研究(未刊行のものを含む)に限定する
トランスジェンダー研究はIFの高い社会学雑誌にほとんど出版されていない
例外がPfeffer 2014
本稿の主張は以下の2点である
社会学におけるトランスジェンダー研究は、単に「特別な関心」の問題ではなく、むしろ、セックスとジェンダー、セクシュアリティ、身体と具現化(embodiment)のような身近な分野における実証的・理論的研究に重要な影響を与え続けるであろう新興の分野である。
トランスジェンダー研究が提起するアイデンティティ、制度的・対人的不平等、社会的位置の問題は、この学問の多くの分野で働くトランスジェンダー、ジェンダー・ノンコンフォーミング、ノンバイナリーの研究者の経験と視点と同様に、すべての社会学研究者にとって幅広い関心事であるべきである。
トランスジェンダーの生に対する社会学的アプローチの対応:2つのパラダイム
1970年代以前のトランスジェンダー研究は、医学や精神医学による患者の個々の精神医学的な歴史や人口統計学的分析であった
1970年代から1990年代半ばにかけて「トランスセクシュアリズム」の診断と性別移行(特に性器の手術)の医療化されたプロセスについての社会学的研究が増えた
これらは医学的知識に対する社会構築主義的批判、フェミニスト理論、逸脱研究、ジェンダーに対するエスノメソドロジー的アプローチから生まれた
これらの研究は、性別移行のために医療を求めたり、受けたりしている人々をジェンダーの社会構造からの逸脱の有用な例として見ており、トランスジェンダーの人々の主観的な経験についての関心が欠如している
ジェンダー逸脱パラダイムにおける研究の一つは、1970年代に「トランスセクシュアル」というアイデンティティー集団としての可視性と、医療化された性別移行の文化的意義を問うものである
e.g. ジャニス・レイモンド。いずれもトランスセクシュアリズムを、性別二元論の裏側にある社会的病理として描き出す
この理解枠組みのもとでは、性別適合手術の医学的正当化が「生物学的なセックスは突然変異可能である(mutable)という危険な文化的幻想を生み出した」という理解となる
このような理解は、セックスは変えられないと言う考え方を強調する
性差別的なジェンダーの役割期待を反映させるための外科的介入(家父長的な医療機関による正常化)ではなく、ジェンダーのカテゴリーを不安定化させるためにアンドロジニー(両性性、androgyny)を受け入れるべきだと主張
こうした主張はトランスジェンダー論客に広く批判されている(e.g.「帝国の逆襲」)が、いまだに支持されることがある
ジェンダー逸脱パラダイムにおける第二の研究の体系は、より古典的な社会学的な意味での逸脱の概念を用いている。
逸脱研究の潮流「アウトサイダー」とエスノメソドロジーの潮流「実践的方法論者」の2つの枠組みでトランスの経験を説明することが多い
こうした研究は、「普通の」「すべての人によるジェンダーの日常的な社会的構築」について説明するため社会学的に意義があるとされてきた
こうした研究はトランスの「パッシング」の実践を中心的な関心ごととし、社会的な相互作用のなかで「ジェンダーを行う」ことにより生来の不変な二項対立としての性の理解を問題にした。
しかしながら、パッシング実践は(生来の女性/男性でない)トランスの人だけが行う、仮装(masquerade)であるという前提がある。
また、トランスジェンダーの人々の主観性と、シスとトランスの規範に対抗した際の差異にも目が向けられていない
1980年代と1990年代に、トランスジェンダーの阻害や医学・法規制に対する活動が可視化され、それに伴い病理言説に対するカウンターが行われるようになった
トランスジェンダー研究はクィア理論を、パフォーマティブで流動的なものとしてジェンダーとセックスを位置づけたポスト構造主義の理論体系とし、その洞察を拡大した
こうした変化によりジェンダー逸脱からジェンダー差異パラダイムへのシフトがもたらされた
ジェンダー差異パラダイムは、シスジェンダーの人々を含むジェンダー・ アイデンティティの多様性と実践のありようを実証的に記述することを求めている
Namasteは、現実の具体的な(embodied)人々とその生活に対する説明を行うための理論の必要性を指摘する
Rubin「トランスセクシュアルは怪物的、狂気的、あるいは人間以下とみなされてきたので、彼らの経験を問題にすることは二重に重要である」。
問いを「トランスはどこが悪いのか」から「トランスにとって何が重要なのか」に移すことが重要である
Rubinは、社会学的分析におけるエージェンシーの重要性を主張。「現実性(realness)や真正性(authenticity)への欲求を批判するのではなく、理論化する必要がある」
RubinやNamasteはまた、ジェンダーの規範的な構造に挑戦し、シフトし、あるいは再現しうる「ジェンダー・ブレンディング(gender blending)」アイデンティティと実践についての記述の重要性も指摘している
新世代の学者たちは、トランスジェンダーの主観性を経験的に研究するための研究アジェンダを作成した。
このアジェンダは、過去10年間の社会学におけるトランスジェンダーに関する実証研究の多くの軌跡を形作ってきた
トランスジェンダースタディーズにおける社会学内での3つの研究分野
アイデンティティと社会的位置
2000年代以前の(アイデンティティと社会的位置に関する)トランス研究は、多くがメディアイメージを反映させたトランスジェンダー女性の経験と「自己物語」であった
RubinのSelf-Made Menはトランスジェンダー男性の生を検証することで、社会学的な視野を広げた。
インターセクショナリティ理論の中心にある「力関係と社会的不平等への注意」の視座に基づいている
研究者たちはトランスジェンダーの人々の経験を通じ、日常的な相互作用の中で、男性か女性かという分類が、どのようにして「社会的文脈に縛られた、差異化と構築された意味のプロセス」となっているのかについてを検証している。
e.g. トランス男性がトランス後、同じ行動をしても受け取られ方が異なることを経験する
e.g. 有色であることのインターセクショナリティ
こうした研究は、トランスジェンダーやジェンダーノンコンフォーミングに対する特定の形態の差別や暴力を支える、相互作用と構造的なプロセスを明らかにしている。
トランスジェンダーの人々のアイデンティティの実践と「ボディワーク」を調査するものも存在する。
e.g. 「移行の選択」のバリエーションを見ること
e.g. ジェンダー化された身体表現の変化が、セクシュアリティをシフトさせうるかどうかの検証
トランスジェンダーの人々のアイデンティティや身体的習慣に対する社会的・制度的な制約
e.g. 身体移行とパートナー、家族、仕事、宗教との対立、医療・精神医療の専門家からの差別、TGの親が遭遇するスティグマや社会医療システムとの直面
対人関係と「トランスの生活の制度的側面」の両方に分析的なレンズを当てることの重要性が強調されている
トランス/シスジェンダー二元論を複雑にするジェンダー・アイデンティティや表現を探求する研究も存在する
e.g. 「クィア・スペース」がアイデンティティの変容を引き起こす可能性
e.g. 子供のジェンダー・セクシュアリティの流動性
e.g. 大学におけるジェンダーニュートラルな名前の認知
制度的・組織的文脈
「不変で生来的な男性・女性の二項対立」が、法的・組織的文脈や相互作用空間において、トランスジェンダーの人々の経験にどのような影響を与えているのかを検証する
トランスは、不変で生来の男性・女性の二項対立や法的な性別により行政上のミスジェンダリングをされ、結果ジェンダー・アイデンティティを尊重されず「重要な支援サービスや施設からの排除、拘留や投獄、給付の拒否」などをされる
e.g. ジェンダー隔離された施設や公共空間の正当化を維持される
e.g. トランスの受刑者
e.g. トイレ、更衣室、スポーツチームへのアクセスを巡る反対や暴力
「トランスジェンダーであること」を理由に職場によるハラスメント、差別、暴力を受ける
全国平均に比べると失業率2倍、有色人種だと4倍
トランス独自の問題(トイレ利用、ドレスコード、名前や代名詞)
職業に関するジェンダー期待、地域差などは全てトランスの職場経験を形作る
医療現場における差別
医療従事者の知識不足
トランス独自の問題(トイレ利用、ドレスコード、名前や代名詞)
乳がん治療や豊胸などで、シスの人が遭遇しないようなネガティブな治療、時間のかかる承認プロセスに直面している
家族社会学は身体移行と、家族役割や他のメンバーとの関係性の変化の関係についての研究を行ってきた
ジェンダー化された家族役割行動と期待の中で日常的な相互作用を交渉するプロセス
トランスのパートナーが性別二元論をどのように経験しコントロールするか
親が子供のジェンダーアイデンティティを理解するプロセス
子供のジェンダー表現の可能性を広げるための戦略
宗教的なコミュニティとの関係性
モルモン教やキリスト教信者のトランス当事者と信念、コミュニティとの関係
宗教規範が家族との関係にどのように影響を与えるか
宗教団体のトランスジェンダーに対する立場
定量的アプローチ
トランスの経験に関する社会学的研究の大部分は質的データに由来
2010年以前はジェンダーアイデンティティを二元的にしか聞いてこなかった
定量アプローチの問題点
非シスジェンダーのアイデンティティの多様性を完全には捉えていない
トランスジェンダーやノンコンフォーミングと回答することのリスク
トランスジェンダーやジェンダーノンコンフォーミングに関する情報を集めるプロトコルが継続的に検討されている
トランスジェンダーの集団における有病率、性的虐待の推定などが取り組まれている
他に重要な定量データとしては、シスジェンダーの人々がトランスジェンダーの人々に対して抱いている知識や態度、そしてこれらの態度に影響を与える可能性のある要因(宗教、他のマイノリティ性...)に関するデータの収集である
結論:今後の研究のための新しい方向性
社会学的研究は、トランスジェンダーの可視化や権利、社会的包摂といった大きな文化的変化に追いつき、米国におけるトランスジェンダーの人々の地位に、大いに必要とされる実証的データをもたらしてきた。
トランスジェンダー研究は、ジェンダーやセクシュアリティの社会学にも進出しており、社会運動の文献、医療社会学、歴史社会学の中でも足がかりを得つつある。
社会学の教場、学会などにおいても、トランスの存在は認識されつつある
課題と将来の方向性
社会学者が利用している大規模調査のほとんどは、現在、ジェンダー・ アイデンティティの選択肢を男性と女性のみとしている
人種民族階級とトランスジェンダー、ジェンダーノンコンフォーミングの人々の社会的位置を中心とした研究は不足
トランスフェミニン、特に有色人種の人々は差別、投獄、暴力の経験が多いため、それに関する多くの研究が必要である
高齢のトランスジェンダーに関する経験はほとんど知られていない
制度的・相互作用的な文脈の中における非二元的アイデンティティの人々の経験(ジェンダーフルイド、ジェンダーアンビギュアス、ジェンダークィア、ジェンダーノンコンフォーミング、ノンバイナリー)を検証することで、トランスジェンダー/シスジェンダーの二項対立を問題化する研究群
このような研究は、二元的な分類を不安定化させ、ジェンダー・アイデンティティの多様性と流動性に関する知識を拡張することで、ジェンダー差異のパラダイムをさらに押し進める
トランスジェンダーやインターセックスの患者のために治療プロトコルを開発するシスジェンダーの医師の態度と実践を調査したもの
トランスジェンダー患者とシスジェンダー患者の経験を比較し、医療環境に埋め込まれたシスノーマティブな論理を可視化している
ジェンダー隔離された空間にトランスジェンダーやジェンダーノンコンフォーミングが取り込まれたことに対するシスジェンダーの人々の反応を調べるもの
シスジェンダーのアイデンティティと実践に注目することは、トランスジェンダーやジェンダーノンコンフォーミングの生活や経験の重要性や正当性を測るための「基準」として、シスジェンダーの人々の経験を脱中心化し、ジェンダー・アイデンティティの社会学的理解を変革し、広げる可能性を秘めている