アルゼンチンのトランスの人権保障法
2011年12月に、アルゼンチン上院議会を満場一致で通った(?!)アルゼンチンのLey de identidad de género。
この英語圏を中心とするバックラッシュの時代に忘れがちだけど、ある種のトランスの人権問題の到達地点として、備忘録がわりのメモ。
ちなみに、アルゼンチンは2021年に3rd gender marker(X)の記載を認めているらしい
いわゆる脱病理化アクティビズムの研究の文脈でとても特筆すべき国としてよく上がる。 上の用語解説にも書いたけど、脱病理化運動は「トランスは病気じゃない」運動ではない。精神矯正療法の禁止以外に、法的な性別の処遇、医療へのアクセスの障壁解除、ケアアクセスの経済的な補填といった種々の問題がある。
この法の(少なくとも私の研究において)特筆すべき点は、単に病気ではありません宣言をしているわけでも、医療を要求しない法的性別承認だけでもなく、本人の身体ケアへの完全なアクセスを保証することが原則となっている(1条)こと、さらに、医療アクセスを保障し、医療アクセスの決定権に他者が介在することを原則禁止している(11条)こと(親ですら裁判所の許可があればバイパスできる 5条)。
児童の権利保障が100%親依存じゃないとこ、親が子供のために必ずしも動くとは限らないことを前提としている制度設計で好き
(内容はGATEが出してる英訳をもとに作成。スペイン語わかんないので、原文と比較しておかしかったら教えてください) ===以下おおよその訳(読みやすさ重視)===
1条 ジェンダーアイデンティティへの権利
全ての人々は以下の権利を持つ
自身のジェンダーアイデンティティの承認
自身のジェンダーアイデンティティに沿った自由な発育
自身のジェンダーアイデンティティに沿った扱いを受け、また特に、自身の身元を証明する書類において、そこに記録されている名前、肖像、性別がそのように記載されること
2条 定義
ジェンダーアイデンティティとは、生まれながらに割り当てられた性別と一致することもあれば一致しないこともある、性別が人によって認識される内面的かつ個人的なあり方として理解され、身体に関する個人的な経験も含まれる。これは、自由に選択されるのであれば、薬理学的、外科的、その他の手段によって、身体の外見や機能を修正することが含まれうる。また、服装、話し方、ジェスチャーなど、その他のジェンダー表現も含まれる。
3条 行使
すべての人は、名前や肖像の変更とともに、記録された性別の訂正を自身で知覚するジェンダーアイデンティティと同意できない場合はいつでも求めることができる。
4条 要件
本法に基づいて、記録されている性別を訂正し、名前と肖像を変更することを希望する者は、以下の要件に従わなければならない
本法第5条に定める例外を除き、18歳以上に達していることを証明すること
国家人口統計局(National Bureau of Vital Statistics)または対応する地方事務所に、本法の保護下にあると表明し、記録にある出生証明書の修正と、元の証明書と同じ番号の新しい国民身分証明カード(national identity card)を要請すること
登録を希望する新しい名前を提供すること
あらゆる場合において、部分的あるいは全ての性器の再割り当てのための手術、ホルモン療法あるいはその他の心理的医学的治療が行われたことを証明する必要はない。
5条 未成年者
18歳未満の者に関しては、第4条で定める手続きの要求は、「児童の権利に関する協定(Convention on the Right of the Child)」および「女児、男児および青少年の権利の包括的保護に関する法律26061号(Law 26061 for the Comprehensive Protection of the Rights of Girls, Boys and Adolescents)」に表明されている児童の発達する能力と最善の利益を考慮し、法定代理人を通じて、未成年者の明確な同意を得て行われなければならない。
同様に、未成年者は、法律第26061号第27条に規定されるとおり、児童の弁護士による援助を受けなければならない。
未成年者の法定代理人の同意が得られない、または得られない場合、略式手続きに訴えることが可能となり、「児童の権利に関する協定」および「女児、男児および青少年の権利の包括的保護に関する法律26061号」に示された児童の発達する能力および最善の利益を考慮して、対応する裁判官が決定する。
6条 手続き
第4条および第5条で示された要件が満たされた時、公務員は、追加の法律上または行政的な手続きを要することなく、出生証明書が提出された法域に対応する市民登録所(Civil Register)に性別および名前の修正を通知して、宣言された変更を組み込んだ新しい出生証明書を発行して、現在記録されている修正された性別および新しい名前が反映されている新しい国民身分証明カードを発行する。修正された出生証明書およびその結果発行される新しい国民身分証明書類において、本法に言及されることは禁止される。
本法に記載されている記録修正の手続きは無償であり、代理人や弁護士の介入を必要としない。
7条 効果
本法に基づく性別の修正と新しい名前の記録の効果は、記録が最初に作られた時点で第三者に対して権利を発生する。
記録の修正は、訂正の記録前にその者に対応し得た権利及び法的義務に対する法的資格、並びに養子縁組を含むあらゆるレベル及び程度において家族法によって割り当てられた関係から派生する法的資格を変更しない。
あらゆる場合において、識別の目的上、その者の氏名又は形態的外見よりもその者の国民身分証明書に記載された番号が関連する。
第8条
本法に規定された記録の修正は、一度完了した後は、司法の許可を得た場合に限り、再度修正することができる。
第9条 守秘義務
出生証明書の原本にアクセスできるのは、文書保持者から権限を付与された者、または書面による根拠のある司法許可を与えられた者のみである。
記録された性別の訂正および名前の変更は、文書所持者の許可がある場合を除き、決して公にはされない。これらの場合、「法律第18248号第17条(Article 17 of the Law 18248)」に規定される新聞への掲載は省略される。
第 10 条 通知
国家人口統計局は、国民身分証明書の変更に関する情報を、全国犯罪記録登録(National Registry of Criminal Records)、選挙人名簿の訂正のための対応する選挙人登録(Electoral Registry)、および利害関係者が関与する既存の予防措置に関する情報を有する可能性のある機関を含むこの法律の規則で定めるその他の機関に提供する。
第11条 自由な人格形成(personal development)の権利
本法第1条に基づき、18歳以上のすべての者は、その健康の全人的享受を確保する目的で、司法上または行政上の認可を必要とすることなく、性器を含む身体を自己の認識するジェンダーアイデンティティに合わせるための全体的および部分的な外科的介入および/または包括的なホルモン治療を利用することができる。
包括的なホルモン療法を受けるためには、全体的または部分的な性別適合手術を受ける意思を証明する必要はない。必要なのは、いずれの場合も、本人によるインフォームド・コンセントのみである。未成年者の場合、インフォームド・コンセントは、第5条に定められた原則と要件に従って取得される。
前者を損なうことなく、外科的手術の全体的または部分的な介入について同意を得る場合には、管轄の司法当局も、「児童の権利に関する協定」および「女児、男児および青少年の権利の包括的保護に関する法律26061」で表明されている児童の発達する能力および最善の利益を考慮して、同意を表明しなければならない。司法当局は、同意を求められた時点から60日以内に意見を表明しなければならない。
保健当局(Public health officials)は、国営、民間、労働組合運営の健康保険制度のいずれであっても、この法律で認められた権利を継続的に保障しなければならない。
本条に規定されるすべての医療処置は、強制医療制度(Compulsory Medical Plan)に含まれるか(すなわち、民間または労働組合が運営する保険制度に加入している者には追加費用が課されない)、または執行当局(enforcing authority)が決定したそれに代わる制度に含まれる。
第12条 尊厳ある待遇
本人によって採用されたジェンダーアイデンティティは、特に、少女、少年および青少年が国民身分証明書に記録されているものとは異なる姓を使用している場合には、尊重されなければならない。本人から要請があればいつでも、公的および私的な空間において、召喚、記録、提出、通話、その他あらゆる手続きやサービスにおいて、採用された姓を使用しなければならない。
手続きの性質上、国民身分証明書に情報を登録する必要がある場合、名前のイニシャル、 フルネーム、生年月日、および証明書番号を組み合わせ、個人がジェンダーアイデンティティを理由に選択した名前を追加するシステムが採用される。
人前で名前を呼ばなければならない状況においては、採用されたジェンダーアイデンティティを尊重した、採用された名前のみが使用される。
第13条 施行
あらゆる規範、規則、手続きは、ジェンダーアイデンティティに関する人権を尊重しなければならない。いかなる規範、規則または手続きも、ジェンダーアイデンティティの権利の行使を制限、制限、排除または無効にしてはならず、すべての規範は、常にこの権利へのアクセスに有利な方法で解釈され、施行されなければならない。
第14条
「法律第17132号の第19条第4節」は廃止される。(この法律は1967年に制定されたもので、医学、歯学、およびそれらの補助的職業を規制している。廃止された条項では、医師が「司法上の許可を得た後に行われる場合を除き、病人の性別を変更する外科的介入」を行うことを禁じていた)
第15条
この法律の成立は行政当局に通知される。