思考欲の制御
好奇心や、あるトピックについて深く考えることは、手放しに良い物とされがち せいぜい「好奇心は猫をも殺す」という言葉があるぐらい
が、そうではないことも実際多い
本人にとってもどうでもいいはずの課題の理解や解決に無限に取り組んでしまう
奥が深い不毛な問題について考えてしまう
好奇心 - 悪感情が結びつくとすごい沼になる
e.g. SNSでひたすら戦争や虐待についての情報を集めてしまう (doomscrolling)
本人にとっての致死的ミームにたどり着いてしまう
e.g. 「将来に対する唯ぼんやりした不安」
e.g. 知的作業の専門家がカルトや陰謀論にはまるパターン
単に時間の無駄である可能性があるだけで無く、
「持ち合わせている立場、情報、世界観、価値観などにおいて、ある思考にたどり着くことが本人にとって有害である」
ケースが存在する
何に思考リソースを振り分けて、何に振り分けないか、ということを制御できる価値、思考停止できることの意義
ただ、全てに思考停止したときに得られる無知の状態は大変甘美なので、世界観の基盤である思考そのものを意識的に制御できること自体が危険でもある