本を買え。天に届くまで積み上げろ。
中野善夫『本の雑誌』2023年2月号, p.12
本を買え。天に届くまで積み上げろ。
積読という言葉が好きではない。本来読むべき本を読めずにそのままになっているのかね君は駄目だねという小馬鹿にした態度や、読めずに積むばかりでもう駄目だ生きていてごめんなさいという情けない嘆きがこの言葉からは滲み出ている。
自分で選んで自分で金を出して買った本に対して何なのだろうその態度は。今日明日読む本だけを買っていてはそれこそ駄目だ。いつか読む本を今買いなさい。迷うことなく、今この瞬間に。そして、積みなさい。天に届くまで。
中野善夫『本の雑誌』2023年2月号, p.13
本を、読み終えた本とまだ読んでいない本に分けるからいけない。
(中略)
さらに、本を最初のページから読んで最後のページへと読み進め、そして読み終えなければならないものだと思い込んではならない。つまらなくなって途中でやめるのも読書である。短篇集を後ろから半分だけ読むのも読書である。アンソロジーの好きな作家の収録作品だけ読むのも読書である。論文集の必要箇所だけを読むのも読書である。巻末解説だけ読むのも読書である。本は、読んだ本、読んでいない本とくっきり二種に分けられるという思いから抜け出し、読んだ状態と読んでいない状態のあいだのグラデーションのどこかに位置するものであって、その位置がどこか気にする必要がないということに気付いた方がいい。