苦しさをどこか面白がる感じ
https://www.youtube.com/watch?v=-7A3sT17qSI
「プロジェクトと俳句」の前半戦が、完結した。
ここにきてようやく、自分が何を語りたかったのか、その全体像が、見えたような気がする。
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初めに、進化があった。脳細胞の増殖能力を暴走させたコピーエラーは、人類に、呪術、すなわち、念ずる能力をもたらした。
抽象概念を操る力は、文明を生み出した。動植物を家畜化し、異民族を奴隷化しながら、クニを肥え太らせる、悲しきルーチンワークの体系が組織化されていった。リーダーシップと指揮命令系統が、クニの盛衰を占った。
文明とは、王権である。そして、文字こそが、それらを支えるキーテクノロジーだった。
大陸の人々が、血で血を洗い、富を生み出し奪い合うのを尻目に、豊かな山と、母なる海に抱かれ、悠久の狩猟時代、プロジェクトという僥倖を暮らし続けた民族が、東の果ての列島に、いた。
彼らは、文字と出会い、ウタを残すのに便利だなと思った。
花を、風を、鳥を、月を、虫を、四季を、恋を、暮らしを、歌い、借りてきた文字を使って、書き残すことにした。
文字の、記録能力だけを借りておけば、幸せなままで暮らすことが、できたのかもしれない。
しかし、文字の呪能は、それを許さなかった。ブービートラップのように、ルーチンワークの輪廻を萌芽させたのだった。農耕の、圧倒的な生産性は、素朴な人々を、否応なく巻き込んだ。
ルーチンワークは、未来へつづく永遠を約束してくれる。しかしそこにあるのは、悲しみと隣り合わせの安心である。
ルーチンとは、規範である。こうあらねばならぬ、を人間に、押し付ける。ときにそれは、自己否定の引き金となる。自己否定の呪いは、親から子へ、子から孫へ、永遠に相続されていく。安心という名の苦しみは、累積的に計上され続けていく。
思えば、例えば80年代は、牧歌的だった。十五の夜、盗んだバイクで走り出し、夜の校舎で窓ガラスを壊して回るという、そんな歌を、歌う余白が、まだ社会に、あった。いまや、不良という在り方すらも、窒息しかかっている。ゼロ年代には、引きこもるしかなくなり、さらに20年の時を経て、社会との接点を維持できなくなり、突如暴走し、無差別殺人テロに走らざるを得なくなってしまった人がいる。
孤独で孤独で、孤独すぎて、死にたくなって、でも、ひとりでは死に切れなくて、他者を巻き添えにせざるを得ない。究極の暴力。その悲しさ。その凄惨さ。
この国の(あるいは世界の)閉塞感の始まりは、文字との出会いだった。
東の島々の先祖は、慣れない手つきで王権を輸入し、その違和感を、進歩なのだと言い聞かせた。
皮肉なことに、その頃、世界の最先端文明が、その先の奇跡を生み出しつたあった。ルーチンワークの哀しみ、苦しさを超克する哲学である。
全ては変わっていくと悟り、金や物への過剰な執着を断ち切ること。認知的快楽や身体的欲求を抑制し、足ることを知ること。刹那主義、享楽主義に陥ることなく、いま、ここ、目の前、この瞬間を、生きること。明るく、ただただ明るく、幸せに生きること。そんなことを、説いた人がいた。
それは、ルーチンワークの悲しみを超克する、実に優れた、ポスト文明論であったのだ。
その教えは、論であり、同時に実践であるという、奇跡だった。
教えは、人々の幸せを願う王により、テキスト化され、普及が図られた。しかし、悲しいかな、そこでめでたしめでたしとはならなかった。制度は利権を生み出し、利権は教えを腐敗させていった。まず現れたのは、ただいたずらに複雑化させ、慰みものにするものだった。政治的な利害によって、内容を曲げるものもいた。普及すればするほどに、教えはめちゃくちゃになっていった。
しかし歴史はそこでも、終わらなかった。教えは、何度も何度も、その生命力を失っては、また再び息を吹き返した。時を超え、真っ当な価値観を蘇らせる中興の祖たちの手によって、磨き直され、磨き込まれていった。
いつしか、教えには、系統樹のような分岐が発生していった。人々は、どの教えが本当なのか、わからなくなり始めていた。
そうこうしているうちに、いつしか教えは国を渡り、海を渡り、東の果てに届いた。
東の果ての人たちは、教えにどこか、懐かしいものを感じた。
何も考えず、ただただ素直に受け取ることが、できたはずだった。しかし、農耕も、政治も、戦争も、あまりに深く、その暮らしに影を落としていた。先進国への劣等感、追いつけ追い越せの焦り。
そうしたものと、悠久の縄文によって刻まれた「素直」という名の遺伝子が、常に、葛藤していた。
葛藤は、時に、偉大なる哲学者を生み、時に、抒情溢れる詩人を生んだ。
空海、法然。
一休、利休、そして、芭蕉。
熊楠。魯山人。岡本太郎、白川静。
この列島の、思想の背骨を成したのは「反抗の系譜」であった。
彼らが切り拓いた場所は、心の原野だった。
そこは、「禅の境地」「侘び寂び」等と呼ばれた。
その本質には「おかしみ」があった。
ありのままを、受け入れ、笑うこと。
笑うことを、意志すること。
プロジェクト =狩、遊、狂、俳、動
ルーチンワーク=農、働、常、憂、静
決してまじわらぬはずのこの対極。しかしどこかで繋がり合い、表裏一体不即不離である対極。
絶対的矛盾における自己同一に、弁証法は無効である。ただありのままに生きよ。
時を超え、宗派を超え、党利党略を超えて、生きるための、心の系譜は紡がれていった。
学術、芸術、食、娯楽、宗教、音楽…あらゆる領域で、開くことに成功した人は、新価値を生み出してきた。
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以上が、プロジェクトと仏教における、精神史としての世界史の素描である。
自分は、幼い頃から「反抗の系譜」への繋がりを、どこかでうっすらと感じてきた。色々と遠回りしながら、学び、考え、語り、いになって、それは間違いでなかったと、改めて、確信するのである。
尾崎放哉のさみしさ。
宮沢章夫の呆然。
坂口安吾の堕落。
宮崎駿の飛翔。
押井守の自意識。
芭蕉のかるみ。
岡本太郎の駄々っ子。
羽生のマジック。
米長の泥沼。
谷川の光速。
竹原ピストルの線路に飛び込むスピード。
宮沢和史の海風。
山崎まさよしの未完成。
山岡士郎の一週間後。
魯山人の絶叫。
白隠の親切。
一休の風狂。
良寛のあたたかみ。
平賀源内の発明。
冨樫義博の術策。
高橋源一郎のエログロ。
村上春樹の虚無。
スガシカオの鬱屈。
山頭火の健脚。
熱気バサラの熱気。
王蟲の友愛。
立喰師の立ち去る瞬間。
松岡正剛の色気。
赤瀬川原平のトボケ。
長澤知之の輝き。
あらゆる優れた表現物は、悟りを開く鍵である。それは、思った以上に、日常に溢れている。目が曇っているから、視界に入っても見えないだけで、目が開かれたら、目に映る全ての輝きに気づくはずである。
あらたふと青葉若葉の日の光 翁
目を開くための方法はただ一つ。
切ることを覚えるのである。もう少し親切に言うと、切るだけでなく、切って、合わせるのである。
切って、合わせると、そこに余白が生まれる。有限の素材を用いて世界の無限をあらわすためには、余白を用いるしかない。
ただしその骨法は、我が身を生きるか死ぬかのギリギリの場所に置かなければ、身に付かない。絶体絶命の死地にこそ、飛躍の機会は眠っている。
開くきっかけは、あらゆる人の、内なる宇宙に存するものと、信じる。
あらゆる人の「それ」が開けたとき、人類は、生きることを、信じられるようになるはずである。自主独立による助け合いの経済が、実現するはずである。
後生大事に抱え込むべき己など、そもそも存在しなかったことを、理解する。いくら我欲を満たしても虚しく、誰かのためになったときのほうが、喜びが深いことに気づく。あらゆる有情が、最初から仏であったことを知る。健全に飢え、必要な分と同量の命を頂く。時が来たら、自分の命は、惜しみなく差し出す。
生きることを、信じられる、とは、そういうことである。
命とはなにか。精一杯の時間である。
そういうことを、話したかったのだ。
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多分、自分は、「プロジェクトという生き方」について、考えたかったのだろう。
論としては、これにてひとつの完成形を迎えることができて嬉しい。あらゆる出会いに感謝、合掌。
これからさきは、この生き方を、ただ、生きていく。
それだけ。
さあ、今日は、何をしようか!