春寒し変はらぬ我と変はる我
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体調を崩したあと、会社を辞めて、ピンで仕事をするようになって、あと1ヶ月で3年になる。
3年ひと昔、というくらいだし、やっぱり、3年も経つと、色んなことが変化している。
人間関係とか、やってる仕事が変わって、日々の暮らしやすさというものに初めて触れたというか、人生のなかで、ようやくなにかこう、自分の居場所が得られたような気がする。
学校とか、会社とか、そういう、組織なり集団から、離れてこそ、居場所が得られるというのは、なんだか、いささか逆説的ではある。
大きな転換点は、禅との出会いだった。
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変わらない自分、みたいなものも、以前より、はっきりしてきた気もする。
たとえばそれは、不誠実さや欺瞞的なものへの、怒り、のようなもの。あるいは、独創に対して置く絶対的な価値観。
うまく表現できないが、人や物事に対する姿勢とか、着眼点、感性的なところ。三つ子の魂百まで、とは、このことか。
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変わる自分と、変わらない自分。そのふたりが相まって、いま、松尾芭蕉に出会っている。
蛸壺やはかなき夢を夏の月
昨夜、この句を知り、ものすごく、心惹かれた。暗唱したいなと思った。
俳句の世界に深く触れていくと、時を超えた人と人との濃厚な交わりに触れる感覚がある。
人間の本質とは、そこにこそ、あるのではないか。そんなふうに、いま、思う。